« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月25日 (日)

秋彼岸(彼岸の入り・彼岸の開け)

私は春・秋のお彼岸は家族で菩提寺に行き住職さんの法話を聞き、先祖供養をしていただいておりますが、今年も「彼岸の入り」は弟夫婦と妻と四人でお墓参りをし、最後の「彼岸の明け」の日は弟と二人で彼岸総供養会に参列、先祖供養御霊を書いた彼岸塔婆をもってお墓参りしました。

そのあと春彼岸の記事の中でもふれましたが菩提寺境内にある六道観音様にお水をかけ、碑に書かれている御詠歌を弟と二人で唱えてからわが家に帰ってきました。

※今日も両親に感謝・報告することが多く非常に長に間お墓の前で手を合わせていました。

また日本のしきたり・年中行事でもあるお彼岸は先祖の霊がある極楽浄土と私たちの現世(此岸)とが往来できると言われており、先祖を思い出し、敬い感謝する日であり、仏様が私たちを見守ってくれているので悟り、そのための修行する日でもあり、私はこれまで何を果たしてきたか、これから何ができるかを心的あり方の間違い気づく日でもあると思っています。

※現世,身を削るという言葉が死語になってしまったようで、私は損得で生きることは不幸につながると思います。悲しいことです。

最後になりましたが、今日も菩提寺の自然に恵まれた中で無言の何かを教えてもらい、菩提寺を訪れ,新しい気持ちの変化と日頃の心に溜まったストレスが解放され、自分自身の心の中にある仏様ともつと語り合いたいと春の彼岸から始めた「写仏」をして床につきました。

■今日の私の想いの写真から
Photo
先祖への感謝と私たちの健康や安心を故人に心の便りとして伝えた塔婆
Photo_2

      境内のある六道観音様
Photo_3
我が家の七福神として花を付けた池のホテイアオイ(仏壇に供えて)
       花言葉:揺れる心

Photo_4

春に白い花を咲かせ、秋から冬に柿色のあざやかな美しさを見せてくれるピラカンサ
         花言葉:慈悲

■仏様と語り合いたいと書いた「写仏」

Dscn5591

        弘法大師空海
妻と高野山を訪れた時の「即身成仏」を想い出し
「写仏」
Dscn5590
       阿弥陀如来立像

現世にいる私たちを極楽浄土に導いてくれることを願って。

 

| コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月15日 (木)

2016年敬老の日(感謝、感謝)

今日は「敬老の日」です。
現世は少子高齢化がますます進み、私の団地を見ても、本当に高齢者が多くなりました。
こうした私たち高齢者への一番の贈り物は子ども・孫たちの成長であり、そして私たちに両親が残してくれた心に言葉「心の宝」ではないでしょうか?

私はこうした想いの中で今日の「敬老の日」を迎え、子ども夫婦からのお祝いと二人いる下の孫からの食事会への招待と心温まるメッセージと笑顔をもらい、そして上の孫からの私たち夫婦の長寿を祝っての「富貴竹」を送ってもらいました。

また私は今日の「感謝の心」を仏壇に手を合わせ両親の報告し、そして私たち夫婦の幸せを思い俳句を作りました。o

※前に何度もふれてきました私は人間の価値は晩年になって決まるとの思いから妻とも一日何十回?と「ありがとう」と云う言葉を交わしていますが、私はこの言葉の原点は「随喜功徳」であり、「書」を書き、座右の銘として床の間に掛けてあります。そして子ども、孫から「ありがとう」という言葉がすぐ出てくるのが私にとって一番嬉しいことです。

今日は本当にありがたい「敬老の日」で、若い人を尊く思ってさらなる禅的生活習慣をと思いました。
 
Img016
    孫から贈ってもらった「富貴竹」
      花言葉:幸福、長寿


 Photo_2
   早朝、庭に出て、今日の想いの一句

 

| コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 9日 (金)

母の祥月命日(ありがとう)

今日は母が亡くなってから43年目の祥月命日で、朝早くから妻と弟夫婦で菩提寺にお墓参りし、花や水お供えし、お線香を上げて私は両親に今ある自分に感謝しました。

私はまもなくくる誕生日で84歳になり、母親が亡くなった年齢よりも約14歳も歳を過ぎ、何時と少し違った思いの祥月命日で、母からつねに聞かされていたその言葉を思い出し、墓前で焚いたお線香の煙の向こうの母親と現世、死語となっている言葉について語り合いました。

母からつねに聞かされていた言葉とは人間としての原点はつねに感動する心から人に感謝を感じる「ありがとう」と云う言葉が自然と出ることでありまた私はこの「ありがとう」と云う言葉は神様、仏様との出会いの言葉でもあると思っており、今日も仏壇とお墓の前で、ゆっくり時間を過ごすことができ、そして菩提寺の自然の中から真理(感謝・反省・決心)を学ぶことができました。

最後になりましたが私は自身を省みるためにと仏様を描くことで、心が落ち着き「利他」の心がより強くなるのではないかと今年から写経に続き始めた写仏を書きました。
Dscn5581_2
          釈迦牟尼仏座像
苦しみのない世界にたどりつける(間違った行いをしない、正しい生活をする)「釈迦」とか「釈尊」といわれている
 釈迦牟尼仏です。母の祥月命日(母に感謝の思いをこめて)の想いで書いた写仏




| コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 7日 (水)

思いやりの心・感謝する心(恩巡りのある幸福な社会)

今の社会は心の豊かさ(思いやりの心)よりも物質的な豊かさだけを求めている人が非常に多いように思いませんか?

私は人間にとしての価値は「思いやりの心・感謝する心」が自分自身の心の中にあるかないかで、そして人間としての幸福か不幸かもその心の持ち方で決まるのではないかと思っています。

今日はそんな想いの中で40数年来の師友・心友のM(79歳)S様(77歳)、A様(68歳)とお会し、物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めている素晴らしいその人生訓を皆さんからお聞きしました。

今日は一年前に「またお会いしましょう」と別れてから一年ぶりの再会でしたが、皆さんはつねに知的生活習慣として「人に喜んでもらえることで、自分自身が喜びを感じる」心の中に原点として持っておられ、今日も懇談・学習の中で語られていた言葉の一言一言が以心伝心(利他の心なくしてこの言葉はない)で私の伝わり、励まされ、そして私はその温かい雰囲気の中にいるだけで心が癒され、そして感銘し、人生を豊にするための「人と心」についてこの記事を書きました。

懇談・学習の中で皆さんから人間にとっての価値はつねに人に対する「思いやり」と「感謝」する心を持っているかどうかで、特に若いときから親の恩、師友の恩、自然の恩などに感謝する心を持ってどう生きたかが晩年になって、その価値は決まると語っておられました。

前にもふれましたがM様とA様からはNPO活動、高齢者の地域コミュニテイ活動などを通じての周りの人から受けた恩を別の人に送る恩送りについて、またS様からは神道夢想流、師範として月2回ほど群馬県まで出かけていっての武道精神を通じて若い人へのその恩送り精神」についての話もあり、皆さんは日々思いやりをもって素晴らしい社会貢献をされており、これが人の心と心を結び、お互いにふれ合いを感じて、多くの人から受けた感謝の心を他の人へ善意の心として転じる「恩巡り」ではないかと私は感銘しました。

この「恩」が世の中を巡り回って、素晴らしい日本の風習「恩送り」でたくさんの人を幸せにするのではないでしょうか?

一年前にもM様、S様、A様の地域社会貢献、高齢者の地域コミュニィなど皆さんのその素晴らしい知的生活習慣に感銘したことをブログに書きましたが、これも皆さんが「思いやりと感謝する心」という人間としての生き方を大切にしているからではないでしょうか!※「社会貢献と笑顔(人の心と健康)2015.9.14」

最後になりましたが、私は人間としてどう生きれば幸せか?を思い、今日お会いした皆さんの社会貢献活動の原点も「思いやりの心と感謝する心」であり、皆さんがお持ちの素晴らしい知的生活習慣から私は老いてこそ未来に伝えなけれと思う課題(自分の役割・使命)も多く学習させせいただき、心に磨きをかけなければと自らも反省した親の恩、師友の恩など、まだ果たせなかった「恩」にこれからの人生において報いていかなければと先人・賢人の「書と言葉」と皆さんの姿に感銘した事など心に残る言葉を追記として書きました。
~M様、S様、A様から頂いた勇気、元気、励ましに感謝いたします~、

追記

■先人・賢人の言葉(私の古典学習から)

「施恩は忘れよ、受恩は忘れるな」(儒者佐藤一斉「言志四録」の中から)

・与えた恩は忘れて、受けた恩は忘れるな
●「明鏡止水」(荘子故事成語より)

心にわだかまりがなく、ありのままに物事をとらえる心。(邪念が無く、静かに落ち着いて澄みきった静かな心

明鏡:とはくもりのない鏡。「止水」とは波の立たない静かな水面のことで、ありのままに姿や形を写し出すことの言葉。

※武士道にも仁徳、義徳、礼徳、、智徳、信徳、勇徳の六徳など守るべき道徳律としてこの言葉があります。

皆さんの姿に感銘した事
・皆さんの社会貢献にあたっての感銘した姿(次世代へ伝える知的生活習慣)

・得をしたと思う喜びよりも人の役に立った喜び。

・歓談のあと帰りに軽くお蕎麦でも立ち寄って、皆さんのお蕎麦を食べているその後ろ姿をみて、(親の背中を見て子どもは育つ)を思い浮かべながら皆さんの本当の姿を写真に残しました。(心が豊かでないと今日の皆さんのように本当の姿は見えない)

●私の反省
反省とは自分の欠点を探すことでもあり、私は師友とお会いすると何時も私は「これではと思うこと」が多く、今日も皆さんのお話をお聞きしていて、その素晴らしい人生感に感銘」しました。

・年齢とともに体力・気力とも衰えてきが、もう歳だからと夢をあきらめない。

・自分に何ができるか?「新しい心・新しい自分・本当の自分」に気づくこと。

老いてこそ未来の伝えなければと思う課題も多く、心をもっと磨かなければ。

若い人に「得をしたと思う喜びよりも人の役に立った喜びを知る」社会貢献の場を作りたい。

・「感謝思いやりの心をもった子どもたちを学校・家庭・地域とどのように係わっていけばよいか?今日の皆さんとの学習から学んだ課題。

・感謝の心が一つ一つ知的生活習慣となることをもっと多くの人に伝えること。(一番難しいことであります)

 

Photo

   荘子故事成語のカレンダー
Dscn5275_2
今日の皆さんとの思いに筆をとりました
Img016

   本当に素敵な皆さんの背中
  「親の背中を見て子どもは育つ」

| コメント (1) | トラックバック (0)

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »