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2016年10月29日 (土)

安房国三十四観音霊場巡り(第三番・三十番)

今日訪れた安房国三十四観音霊場巡りは船形山大福寺(第三番)と妙法山観音寺(第三十番)の観音霊場の二ヶ寺で、これで十二ヶ寺の観音霊場巡りが終わりました。

私の霊場巡りは、前にもふれましたが心友との懇談の中で心が澄んでいれば心身とも健全でいられるとの一言で坂東三十三観音霊場巡りを始め、三十三ヶ寺を結願、結願お礼参りも済ませましたが約一年半かかりました。

そんな中での引き続いての安房国三十四観音霊場巡りですが、一年を過ぎてもまだ二十二ヶ寺が残っています。

昨年は十ヶ寺の霊場巡りを済ませましたが、今年は私も妻も歳を重ね、また妻の入院などもあって昨年の暮れから出かけられず、今年はまだ二ヶ寺です。

今日はそんな私たちを娘が心配してくれて一緒に霊場巡りをしてくれて本当の有難いで、観音霊場巡りができました。私は仏様とも嬉しい心の会話ができ本当に感謝感謝です。

これからも娘に世話をかけるが身体に十分気をつけて、安房国三十四観音霊場三十四ヶ寺を結願したいと願っています。

■安房国三十四観音霊場第三番寺 船形山大福寺(通称:崖観音)真言宗智山派

大福寺は鏡ケ浦の湾頭の断崖そびえ立っていることから、通称「崖観音」と呼ばれ、船形山の中腹に張りついて見える赤い舞台造りの観音堂の中に「崖の観音様」が刻まれており、海上からもよく見える位置にあるため古来から海上交通の安全祈願が行われていたようです。

この「崖の観音様」へは本堂横から伸びる石段を通り、観音堂への道がありましたが、私たちは妻が足が十分治っていませんでしたので、この「崖の観音様」には参拝できませんでしたが本堂へお参拝と朱印を頂いて下山しました。

●本尊:十一面観世音菩薩

本尊の十一面観世像は養老元年(717)、行基菩薩が東国行脚の際、船形山中腹の巌窟に漁民の海上安全と豊漁を祈願して彫刻したもので背後の崖面に石の厨子を作り、像容を浮き彫りにした磨崖仏で、市の指定文化財となっています。

御詠歌
ふなかたへ 参りて見れば がけづくり 磯うつ波は ちよのかずかず。

Photo
        船形山大福寺山門脇
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鏡ケ浦の湾頭の断崖そびえ立っていることから、通称「崖観音」と言われていのがわかります。

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                          本 堂
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   延命地蔵尊(無病息災延命長寿)

●ご朱印
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安房国三十四観音霊場第三十番寺 妙法山観音寺(通称:養老寺)【真言宗】

正式名は妙法山観音寺で、かつてはすぐ隣の洲崎神社の社僧も務めた別当寺です。

別に養老寺の名で親しまれている安房三十四観音第三十番札所であり、開祖は役の行者(えんのぎょうじゃ)と伝えられており、江戸時代までは洲崎神社の管理をしていた修験の寺その役の行者という修験道の開祖が開いたと伝えられています。

また境内には『南総里見八犬伝』で有名な役の行者の「仁義礼智忠信孝悌」という八つの徳目を重んじた言い伝えがあり、洲崎神社も含めて養老寺には頼朝伝説が数多く残されていました。

仁義礼智忠信孝悌」について

仁:思いやり、慈しみの心
儀:道理、道徳にかなうこと
礼:守るべき作法、敬うこと
智:物事を正しく判断する力
忠:真心、君主に仕える道
信:あざむかないこと、誠実
孝:父母によく仕えること
悌:兄弟の仲がいいこと

手前が観音寺で、子育て保育園も併設されており、私は小さな子どもさんに声をかけ今の教育を考えた時ホットしました。

御詠歌

かんのんへ まいりて沖を ながむれば のぼりくだりの ふねぞ見えけ
このお寺は東京湾の入口に当たり、御詠歌のとおり海上交通の要所。
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        本 堂

私は人生の教養がまだまだ足りないと思いました。
●ご朱印
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2016年10月21日 (金)

自分の心の中に誇りをもつ(誇りとプライドの違い)

タイトルで「自分の心の中に誇りをもつ」と書きましたが、私は誇りとプライドは違うと思っています。誇りとプライドの違いは、誇りは人の心を豊にし、傷はつけませんが、プライドには本物と偽物があり、相手の心を傷つけることがあるからです。

※私の思うプライドの本物と偽物には後日書かせていただきます。

こんな想いの中で前にもグログでふれましたがノーベル生理・医学賞を受賞された大村智様が箴言集として出版された「人をつくる言葉」を読み、その中に書かれていたおばあさんの「人のために役にたつことをしなさい」という言葉が今の大村智様の原点だと書かれていたことに感銘してこの記事を書きました。

私はこれまでも先人、賢人、師友・心友の言葉から「誇り」について多くの記事をブログに書いてきましたが、このたびそんな想いの中で私の師友・心友のお一人で大村智様と同郷のK様と学習の旅をしてきました。

私は誇りという言葉をよく使いますが、現世、一番足りないのは「誇り」を持った人が非常に少なくなってきていることではないでしょうか?

このたびの学習の旅は自己を信じ、心の中に誇りを持っておられる大村智様の生家と大村智様が館長をなさっている美術館を訪ねましたが、その誇りは徳から生まれ、その心の中にある誇りがまた多くの人の心にも伝わっていました。

私たちはホテルの皆さん、タクシー運転手さん、バスの運転手さんからも誇りを持った言葉をかけられ大村智様が人間としての原点としている「人のために役にたつことをしなさい」という言葉を思い出し、ふるさとの誇り、人間としての誇りは何かというその大切さを強く感じた師友・心友との学習の旅ができました。

最後になりましたが、学習の旅をご一緒にしてくださったK様とも夕食時の杯を交わしながらの歓談の中でしたが二人で「善なくして誇りなし」を語り、私は一人一人が「才能は徳があってはじめて生きる」を誇りとして持ててくれればなあと思いました。そして私にもそれが問われているのだと思いました。今日は素晴らしい学習ができました。K様本当にありがとうございます。
追記

「師友との旅での想いの一句

●我が心、日本の誇り、富士の山
●我が故郷 
日本の誇り、富士の山
大村智様の著書の中に書かれていたお祖母さんの言葉を思い出しての一句。

●夢めぐる、母の声きく、この自然、

・私は母が誇りで、富士山の雄大な姿とその自然から母を思っての句

※私は70数年前に小学校5年生から6年生までの1年間、富士山の麓のお寺に学童疎開しており、そのときの母を思い出しました。
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はじめて降りたった大村智様の生家のある駅

         生涯学習市とか!
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駅前のサッカー像(サッカーでは有名ですね!
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                 大村智様の生家
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            大村美術館の大村智様の像
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 国民・県民が誇りとしている富士山(
曇っていて良く撮れませんでした)
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タクシーの運転手が車から降りて、写真を撮るよう勧めてくれた昇仙峡
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前日二人が誓った願いを祈願した旅館近くの塩澤寺
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        塩澤寺の今月の言葉
          この言葉が「誇り」の原点では?
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「自分の心の中に誇りをもつ」を語りあったK様と私。私たち二人は「善なくして誇りなし」です。

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2016年10月15日 (土)

長寿を祝う同窓会(同窓の笑顔)

私たち同窓は旧制中学を卒業してから70数年、この間毎年同窓会を開催し、その間も還暦・古希・喜寿・傘寿と多くに感謝する会を開催してきましたが、今日は皆さん83歳を過ぎ、次は米寿だと同窓の健康と長寿をう会と同窓の人生を語る会を開きました。

思えば卒業から70数年になりましたが、この間に亡くなられた同窓もおり、また病気で参加することができなかった同窓もおり、少し寂しいなあと思いながらも11名の同窓が参加して、皆さんから多くの思い出や未来を築く若い人に伝えたいと心に響く人生訓などが語られ、素晴らしい同窓会でした。

最後になりましたが、私たち同窓の皆さんは80歳を過ぎ、先の戦争を経験し、東京大空襲で家は焼け落ち、人間としての尊厳までも試練に直面してきたと思います。

私はそうした中でも今があるのは家族そして多くの師友・心友など多くの方に生きる勇気をもらってきたからだと思います。

今日も皆さんが「喜びの心を持つて日々を暮らす」「後悔しない人生」と語っていた言葉と同窓(O君)が語っていた「人生は後戻りできませんが、振り返ってみることはできますね」の言葉に同じ志に向かって、共に歩む心友にまた勇気をもらいました。

私にとっての最後の宿題はまだまだ沢山あります。健康人生に乾杯、同窓のみなさん、ありがとうございます。意味ある人生を歩みます。
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    皆さん心が健康、素敵な笑顔!
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     私の今日の皆さんとの想い






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