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2017年1月27日 (金)

「“ありがとう言葉”と心の健康」

私は多くの師友・心友と現世の課題について杯を交わしながら懇談・学習をしていますが、今日は前にも触れましたが「人生を後悔しないためには」について師友・心友(K様)と「心の健康」についての学習会でした。
私は今年の元旦から日記手帳を作り、自分が思い描く理想の社会と向き合うため、日々の出来事で気づいたこと、思ったことなどを書き留めるようにしました。
今年も元旦のブログの中で「明日を考えず、今日でもなく」自分に”今できること”からはじめよう!と誓を書きましたが、今日書かせていただいた記事も私が日記手帳の中から「何のため生きるのか」と問われたときのことを自戒の念を込めて、
人間は「ありがとう、お陰さまの心」が大切で「心の健康が心友(宝)をつくることだと未来に夢を持った若い人にメッセージとして伝えなければと思ってこの記事を書きました。
自宅でも夕食時によく妻とこんな会話をします。
なぜ、このような時にどうして「ありがとう」という大切な言葉が出ないのか?心が豊でないと本当の人間の幸せは見えないのに、もう死語になってしまったのか?なあ~(“ありがとう”言葉からの幸せに気づかない)など現世は感謝と思いやりの「心の健康の大切さ」の心が薄れてきているのかと思うと悲しくなることがあります。
常に自分の心に留めておいて、戒めや励ましとする「座右の銘」を持ちましょう!(信念・哲学のある座右の銘の書を愛読しましょう)

今日はそんな私の悲しくなる想いを忘れさせ、勇気を頂いた師友・心友との学習会で、K様からは毎日どのような心で暮らし、どのような心で人に接しなければならないかと素晴らしいお話を伺いました。
子どもさんは賢人の言葉「親の背中を見て育つ」にあるように大人から「人としての道」を教えられて育ち、その子供さんがまた後からくる子どもさんにそのことを伝えるという子どもさんの教育が今の大人に課せられた義務であるとK様のそのことを行動としておられる一例が(街中の道路でお母さんにすねて寝ていた子どもさんにK様が声をかけながら起こして上げた時の子どもさんの“ごめんなさい、ありがとうの顔”)
様の自身の日々の「ありがとう・お陰さま」など私はそのK様の声かけ姿を思い浮かべ、この“ありがとう言葉”が「心の健康」だと感銘しました。

~“ありがとう”で自分の心にも相手の心にも温かい気持ちが生まれますね~

私も元旦から日記手帳に書き留めてあったOB・近隣の師友(心友)の温かい言葉を学習課題としてご紹介しました。
■私の紹介したOB・近隣の師友の言葉
言葉はその一言で《愛にもなる》、《刀にもなる》《勇気もでる》、《夢を持つことができる》
●「健常者の目線でしか価値観を考えなかった自分が恥ずかしい・パラオリンピック」

●「人間として大切なこと」正義
●永遠の友の一言(菩提寺が一緒であり永遠にある)

最後になりましたが、わが家に帰っての妻一言“今日は嬉しいことが沢山あったの!”でした。
心友は宝」です。
追記
私は日常生活の中で自身の生き方を見つめ、心を少しでも磨こうと禅寺の参拝、「書」、「写経・写仏」などから何かに気づき、また心を和らげるために「写真俳句」、「ガーデニング」など自然にふれるようにしていますが、2017年もまもなく新しい年の始まりである立春を迎えようとしており、元旦に誓ったその思がメッセージとして若い人に伝わるのではないかと思いの書・写真・俳句など掲載しました。

■私の今日の一日

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月2回訪れる禅寺の本堂,
今日も何かに気づく参拝

 
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      禅
寺の掲示板のこの一言
《若い人に伝えたい五葉の心の言葉》
花は花びらが開いてこそ、次の世代にすべてが継承され、実がなるという
花の5枚の花びらにはそれぞれ意味があるという禅語です。
 ・相手の心をありのまま受け入れる智慧
 ・すべて平等に受け入れる智慧
 ・人の心をすべて受け入れる智慧
 ・温かい心で人を視る智慧
 ・人を想い、人のために行動する智慧

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    今日一日を思っての写仏
聖徳太子といえば、誰でも知っていると思いますが、歴史の中での聖徳太子を知らない若い人も多いのでは?飛鳥時代の政治家であり、仏教を広めることにも力を注いでくださった人です。
私の写仏の中で現世を想い聖徳太子を写仏しました。
歴史の中での聖徳太子を学習してください。

■若い人に伝えたい私の想い

《心の健康》


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先のブログ(人を思いやる心 2017.1.6)の中で載せました「仁」と今日お会いした師友・心友(K様)との学習した「心に健康」から論語の「己に克ちて、礼に複るを仁と為す」の四字熟語を書きました。
この言葉は自分の良心、理性に従って様々な欲や私心、煩悩を省き、それによって身体全体の調和(心の健康)複る。(心を磨く)

《師友・心友は宝》

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      庭の梅の木を観ての句。
これから
師友・心友にお会いする私に感謝しろと見送ってくれている梅の花。

《夢を持とう》

 
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子どもの時の夢は大切です。私も持っています。若い皆さんも持ちましょう!

《私の好きな相田みつをの詩》

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 若い人も「自分の夢の花」を咲かせましょう!

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       私の想い・願い


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2017年1月 6日 (金)

仁の徳(人を思いやる心)

私は神社・お寺に参拝すると心の安らぎと、何か自分の心の中に人間としてやっておかなければならないことに「気づく」ことがあります。

また年齢を重ねるにつれ、日頃、両親を思い出すことも多く、そして心の中での父母との会話でもただ年を老いるのではなく、人間として生きていく中でも正直に自分の心をじっと見つめなければいけないとの両親の言葉です。

今日はこうした思いの中で師友・心友(I様、Y様)が道元の著書「正法眼蔵」を学習なさっている禅寺に今年初めての参拝(私は2ヶ月に1回この禅寺に参拝しています)をしてきました。

禅寺では多くの若い学生さんたちが僧侶と共に境内を清掃する姿を拝見していて、道元の人に感謝する心からの愛語(ありがとう)に気づき、豊かにしていただきました。

今日ここに書かせていただいた記事は禅寺を参拝した時の「気づき」初詣での菩提寺の住職さんの法話、書初めの書、そして多くの方から頂いた年賀状に書かれていた温かい言葉、また団地の師友・心友との新年会の中での言葉(人間としての原点?)など本当に難しい課題ばかりです。

私の禅的老い方の中から今日は“自分に今できるか”と若い人も老いた人も一日は同じで、そのための行動をすることが今の私の役割ではないかと思いながら書かせていただきました。

元旦には師友・心友との「一期一会」に感謝・感謝で書初めを書きましたが、私が今あるのはその師友の心の支えあってであり、家族の支えであり、今日書かせて頂いたも人間の生活すべての原点である「人に対する思いやり」でると思っています。

に今できること”と儒教の教え「五常の徳:仁・信」の中でも特に「仁」は最高の道徳であるとも言われ仁の徳」人間の生活すべての基盤として身につけてもらえるように、次の世代の若い人に伝えていくことが今の役割ではないかと思っています。
仁の徳」

五常の徳は目に見えませんが、人間はだれでも心の中に自分自身が生きている役割を心の中に秘めており、その中でも仁「人を思いやる心もとにした人として最高の徳が何よりも大切です。

私は多くの人が仁の徳」を目指せば世相はよくなると思います。現世、毎日のように起きている暗い報道はなくなるのではないでしょうか!

最後になりましたが、仁が人と人をつなげてくれるともいえる、この仁という言葉は論語のなかで多く出てきており、その幾つかを私の論語学習の中からか追記させていただきます。
追記
「巧言令色、鮮なし仁」(学而篇)
「訳」
口がうまくて愛想ばかりこだわる人、人への思いやりや真心が欠けている。(このような人は最も大事な徳である仁の心が欠けているのだと思います)

■「苟しくも仁に志せば、悪しきこと無きなり」(里仁篇)

「訳」
仁(他人を思いやる心)さえ忘れなければ、悪い心を抱くことはない
■「仁遠からんや、仁を欲すれば、ここに仁は至る」(述而
「訳」
自分に正直になり他者を思いやる気持ちを持ちたいと思ったとき、誰の心の中にも既に仁があるのでござる。仁は一時的に忘れる事は出来ても失うことはできない。
※誰の心の中にも既に仁があるものである。
■「剛毅木訥は仁に近し」
剛:私心が無く、無欲。

毅:意志が強く、思いきりの良い。

木:ありのままで飾り気の無い。
訥:口下手である

なる人物は、学徳ともに優れた仁者に、ほど近い。
 
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           禅寺の本堂
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     境内清掃ボランティアの学生さん
 
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          境内の掲示板
          佛紀二五八三年
 
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          仁を思って「
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         庭で月を眺めての句

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2017年1月 2日 (月)

家族の見えない絆の新年会

わが家では毎年正月二日に親族が集まって「先祖に感謝」と「家族の絆」を祝っています。

今年はひ孫が満1歳の誕生日を過ぎて、元気な笑顔で参加、私の孫、弟の孫など19人が集まり、今年も娘の手料理、孫の手伝いなどで「おめでとう、おかげさま、ありがとう」と新年の祝いをしました。

特に今年はひ孫の参加で、妻や私の孫や弟の孫などがひ孫に声かけしたりして、声出して笑ったりするひ孫の姿に家族の皆がごく嬉しそうにしている姿などに私は家族の見えない絆を強く感じた楽しい時間を過ごさせてもらい感謝・感謝の一日でした。

また私は今日のような時には今の世相から日頃の思っている事を相田みつをの詩集の中から「詩」を選び弟の孫の高校生に、中学生に贈っていますが今日も次の3点を贈りました。
今の世相から私が子ども教育を思う相田みつをの詩
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 人間は一人では生きていけない。素晴らしい師・心友を持とう。

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   素晴らしい友がいるから自分は幸せ
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     自分に夢と希望と勇気をもとう

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2017年1月 1日 (日)

2017年元旦(若い人は大志を抱いて羽ばたけ)

私たち家族は毎年大晦日は菩提寺に向いお墓の掃除とお花を飾り、お線香を供えての両親への家族の報告と今ある自分への感謝と来る年への誓いを立てています。

今年もお墓参りのあと一旦わが家に帰って、年越しそばをいただい後、弟と二人で菩提寺に向かい、参道で除夜の鐘を聞きながら菩提寺に参拝し、午前0時から本堂で般若心径を唱え、護摩祈願を参列者の一人として護摩壇の炉に護摩木を投じ所願成就しました。

そして護摩祈願のあと住職さんの法話をお聞きし、住職さん直筆の「書:一心念」を頂き我が家へ帰り、住職さんの法話を妻と語りながらお神酒を頂きました。

※私は毎年、住職さんから頂いている直筆の「書」を額縁に入れ、部屋の飾りその書から反省とともに心の安らぎを頂いています。

私は師住職さんの法話と直筆の「書」の言葉から自分の人生に満足できるかどうかは、すべて自分次第できまる。

人間は反省することが大切で自分の心に正直に夢と希望をもつて、人の幸せを共に喜び会うことの人間としての原点をまた学習しました。(自分の心を一つにし、他念のない心)

初詣に行かなきゃ、1年が始まらない」と2017年の初詣若い人は大志を抱いて羽ばたけ)でした。

※(妻と弟の奥さんは足が少し不自由でお墓参りはできましたが護摩祈願には参列は出来ませんでしたので、妻は元旦の昼間、私と娘の付き添いで初詣では済ませました)
■菩提寺
 
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   弟と除夜の鐘を聞きながら参道を行く
 
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    2016年に感謝しての焚き上げ
 
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   境内の本堂前で感謝のお線香を上げる
 
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      本堂で般若心径を唱える
 
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 護摩壇の炉に護摩木を投じ所願成就をしました
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       住職さんの法話
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 住職さん直筆の頂いた「書」
   人生の目的の完成は心に中に「一念」
 
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  両親への報告・
感謝と来る年への誓い

■私の感謝の心
 
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私が今あるのは師友・心友との「一期一会」で感謝・感謝での書初め
 
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      書初めでの心の句
■元旦の心安らぐ一時
 
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 心和む水仙(花言葉:神秘)
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     万両(花言葉:徳ある人)

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     夏みかん(花言葉:喜び)
 
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    玄関の松(花言葉:長寿を祈る)
追記
今年も多くの年賀状に感謝・感謝
と勇気をいただきました。
師・心友、若い社員、親族から311枚の年賀状をいただき、その一枚いち枚の近況や励ましの言葉に多くの想い出を浮かべながら約3時間15分程幸せにしたり、2016年を振り返って感謝・感謝の記事を書きました。「明日を考えず、今日でもなく」自分に”今できること”からはじめよう!と誓いました。

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