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2017年2月10日 (金)

私の人生訓と未来への視座(遊行期に入った人間としての役割・責務)

今日は同窓(T様・O様)との食事会・学習会を開き人間性を重んじた思考・知的生活習慣などの視座について未来を語り合いました。

私は同窓との食事会・学習会を終えて、〖生きている意義〗、〖老いていく意義〗を感じました。

私たち旧制中学の仲間は毎年、同窓会を開き、昔話に花を咲かせ、そしてお互い自身の健康そして趣味、家族の近況などについても語りあって、久しぶりの再会を共に喜び合っていますが、しかしここ数年は前にもこのブログでふれましたが、人生を4つに区切った学生期・家住期・林住期・遊行期ついても人生を語り合い、特に人生のしめくくりの遊行期に入ってからは人間としての人生後半の生き方として、その役割・責務などさまざまな「人生・社会問題」についての話題も多くなったように思います。
仏教に【身心一如】という肉体と精神は一体のもので、分けることができないという言葉がありますが、私はどうしても歳を重ねるにつれ、日々身体の衰えを強く実感していますが、一方で年齢を重ねて遊行期に入ったからこそ見えてくるものがあり、私にもまだ大切な何かがあるのではないかと精神面の充実だけはと一如:真理」だけを求めおります。
※精神を重んじて生きることが大切ではないで?
今日は今から16年前に私が68歳とき「人間は何のため生きているのか?」そして人生どう生きたらいいかを真剣に考え、日記に書き綴ってきたことと昨年の同窓会でO様が「人生は後戻りできませんが、振り返ってみることはできますね!」と後悔しない人生を語っていた言葉などから自身を自問しながら様・O様との学習をしました。
私は日々を充実させるための禅的老い方を発見するため毎月2回は禅寺を参拝しており、旧制中学の同窓とお会いする時は必ずこの禅寺に参拝してからお会いし、昼食をしながらのいろいろと人生を振りかえっての学習をしておりますが、今日も禅寺に参拝し、食事をしながらの学習でしたが、人間はだれでも何か役割を持って生きている」のではないか?と私は84歳を過ぎ、この歳までの自分を振り返り、今日的課題の中からこんな人間になりたいという願望と人生の知恵を日々生きていくなかで若い人たちにも伝える役割・責務が何かあるのではないかと考えて、少し長くなりましたが私の反省を含めてこの記事を書きました。
ここに今日書かせて頂いた記事は私がそうした想で日頃気づいたこと中から若い人に伝えておきたいこと、また私が「生きてて良かった」と思える人生の備忘録の代わりに残しておきたいと10数年ブログに書き続けてきたこと、そしてこのたび書店で目にして買い求めた脚本家・劇作家・演出家の倉本聡様の著書「昭和からの遺言」(著者 倉本 聡 出版社 株式会社双葉社)の中で書かれている大切な課題が著者と同じ年代の人間として、私が現世で失われてしまったと思っていることと無関係ではなく、私に今後どのように生きていくべきかを考える指針を与えたていただいた思いを書きました。

≪私のこんな人間に成りたいと思う人生の原点≫
私は人間の幸せは自分の心が決めるもので、その幸せの原点はすべて「利他の心」であり,
その心とは自分が人としてどのような行いをするかによって幸せは決まると思っています。
自分だけよければという心を捨てることです。
「利他の心」無くして幸せ無し、「利他の心」は必ず自分に返ってくると思っています。これが人生の原点ではないでしょうか?

私が今一番大切だと思っている現世の課題は(心の教育)だと思っていま
す。
私も自問すると反省することばかりですが、皆さん一緒に考えましょう!
以下、
若い人にも伝えたい言葉として記事を書かせてもらいました。

■人間の生き方を教えてくれる名言集から
安岡正篤の「活学一日一言」著者 安岡正篤 出版社 致知出版社)

私は人生をよりよく生きるためにと心に問いかけてくれる先人・賢人の言葉から少しでも人生を心豊かに過ごしたいとその名言集に接するようにし,
読むだけでも人間として心得を教えてもらっています。
ここで私の読んだ名言集の中からその一部(現世で忘れられていると思う一番大切なこと)を掲載しました。
(365話の中から主に心と教育についての20話を日順に掲載しました)

※人間の生きがいとは人の役に立つことで「自分のいずできること」をすることです。

●敬と恥

・人と人たるゆえんは、「道徳」を持っていることで、それは「敬」とする心と「恥」ずるという心になって現れます。これは人間独特の心理でありますが、敬を知る人は必ずよく恥を知る人、恥を知る人は必ずよく敬を知る人である。

歴史に学ぶ(歴史は過去の例証からなる哲学である)
歴史が訓える真理・教訓に参ずることだ。現代のいろいろな出来事も、歴史を見ればちゃんと類型の事が書いてある。
・人間界の出来事は先ず以て歴史の実例を参考することが一番大事なこと。


●よき師友を求める
・人間は生まれつき好ましい素質が徳となっている者である。
・よい先生につき、よい友だちと交わって徳は磨かれる。

・友との絆は幸せの証

●名前
子どもに名前をつけるということは、子どもに対して、かくなければならぬ、という絶対的な意味を持たせて初めて命名である。

自分と向き合う
・今の世に処して何らかの不安焦燥を感ぜぬ者はないが、自己を棚上げしている限りは絶対に救われません。
※自分と真に向き合うと見えないものが見えてくる(新しい自分に出会える)

●真の社会

・真の社会はあくまでも人間生活の天地でなければならぬ。人々各々人となり、人を知り、人を愛し、人を楽しむ社会でなければならぬ。

なくてはならぬ人
賢は賢なりに、愚は愚なりに一つのことを何十年と継続していれば、必ずものになるものである。別に偉い人になる必要はないではないか。社会のどこにあっても、その立場立場においてなくてはならない人になることである。
・世のため、人のために貢献する。そういう生き方を考えなければならない。


●道を学ぶ
・人間にとって大事なことは、真人間になることである。真人間になるためには学ばなければいけない。
人間の人間たる値打ちは、古今の歴史を通じて、幾多の聖賢が伝えてくれている道を学ぶところにある。

●夢
・理想のある時代には夢がある。
・夢は自身の未来を創る。

心を磨く
・肉体と共に心が磨かいてれ発達してはじめて人間である。

●教養

・学ばぬと真実はわかりません。そういう人生の生きた問題を解決することの学問を身につける、というのが教養である。

利己と修己
・利を言う者は先ず利己から始める。道を語る者は先ず修己から始めるべき。
・道徳の無い経済は破綻する。


●我を亡ぼす者は我
我を亡ぼす者は我なり、人、自ら亡ぼさずんば、誰か能く之を亡ぼさん(眒吟語)

●心に触れる
人は省みることによって、はじめて心というものに触れることが出来る。

●家庭と父母
・父は子どもの敬の的、母は愛の座。


●一期一会の精神
・正直に物を言い合えるようになる。自分に正直になることが原点。


●師なきは不徳

・師友のないことは不幸の上に、不徳ではないか。

●教師の要諦
教育者が自分の教える相手から、自分も教えを受けようとする気持ちがなくなると馬鹿になる。

●教師の根本

・教師という字は他のお手本になって後進を導くという意味だから教師というものは言葉や技術で導くのではなくて、まず人の徳がその人に接するものの手本にならなければならない。

●すべては心に帰す。
政治的な問題も社会的な問題も、社会的な問題も、つきつめれば心の問題に帰する。(見識と信念である)

■著者:倉本聡様の「昭和からの遺言」から
この書籍は倉本聡様が卒寿のしるしにと昭和の生態を書かれたもので、私と同じ年代の方として、この中で書かれている多くの言葉から、現世で今一番大切だと思う課題は何かを学習させてもらいました。


この書籍は倉本聡様が卒寿のしるしにと昭和の生態を書かれたもので、私も同じ年代の人間としてこの中に書かれている多くの言葉から、私は現世で今一番大切だと思う課題は何かを学習しました。
戦後70年が過ぎ、戦争を体験した世代の人が少なくなり、悲しみの歴史を伝えることが非常に難しくなりましたが、私はこの著書を読んでその歴史を振り返って平和の大切さを強く感じつつもその著書の中に書かれている「欲しがりません勝つまでは」と戦中頭に叩ききこまれたが、現世はそれが気づけばこれまでと真逆の欲しがりなさい!と国中が云いだした。欲しいという欲望に逆らっちゃいけません、欲しいものはどんどん手に入れなさい。と言う言葉に現世の課題を強く感じました。

これも前述の記事の中でも書きましたが、日本人が今、一番忘れかけているのが「心の教育」ではないでしょうか?
私はあらためて「子どもの教育」について、高齢者として生きている意義はその経験・智慧を次の世代に伝えていかなければと強く思いました。

☆私は多くの師友・心友と一緒に人間として本来あるべき理想の姿とは?などについて学習していますが、これからも学習した課題を書いていこうと思います。

私が今一番大切だと思う主な課題(心の教育)
親の教えを無駄にしない。
自分を省みてみて、自分を他人に置き換える。
多くの出会いに感謝する心。
ありがとう・おかげさまの心(人間は自分一人だけではない)
・先人・賢人・師友・心友に学ぶ。
・人との和を重んじる心。


《私の座右の銘》

私は先人・賢人の残した言葉を座右の銘として、自身の戒めの言葉としていますが、ここに床の間に掛けてある座右の銘を掲載させてもらいました。

 
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・寧静致遠:人間は誠実で,かつ努力しないと遠くある目的に到達することはで    きないと諸葛孔明が自分の息子に残した言葉(諸葛孔明58齢、息子8歳)
一期一会:こうして師友・心友と出合うことができたのも一期一会です。

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・隋喜功徳:人の幸せを共に喜ぶこと(妬んではいけない)
・徳は孤ならず、必ずと隣あり(論語):徳のある人はけっして孤立しない。必ず心友があらわれる


《今日の学習から》

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安岡正篤の「活学一日一言」の中から現世でもっとも忘れられていることではないかと「書」にしました。
★敬を知る人は必ずよく恥を知る人、恥を知る人は必ずよく敬を知る人である。

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お彼岸を前に訪れた禅寺の掲示板に書かれていた言葉。
※私は神社・お寺を訪れたときは祈願の前に必ずすべてに感謝してから祈願しています。

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2017年2月 1日 (水)

論語の深意(その心と現代の世相)

OBで師友(S様)から「論語の教えを広める会」論語講座開設20周年記念講演会のご案内をいただき、今日はS様にまたお会いできる、そして素晴らしいお話が聞けると楽しみに朝早く家を出て鎌倉論語会館に講演を拝聴(学習)させて頂きに行ってきました。

講演会はS様の20年間の論語講座を通じての素晴らしいお話とS様が書かれた新書「論語の深意」に書かれている孔子の有名な名言の中から人間として最も大切な教えを選び、「論語とその心」と現代の世相と合わせた講演でした。

S様は「論語の教えを広める会」の会長さんとして20年間にわたり、多くの方へ論語公開講座、また心豊かで賢い子に育ってほしいと「子ども論語教室」を開くなど人間としての「徳」を身につける論語の教えを広めておられる方です。

(S様は中国の名詩を詩う会主宰として自らも漢詩心を筝、横笛の演奏とともに朗詠もなさっております)

私とS様とは神・仏の機縁ではないかといかと思う縁で出会い、私はこれまで何度も講演会・学習会のご案内をいただき学習をさせていただいおりますが、このたびは特別の想いの学習をさせていただきました。

私はS様の儒教の性善説での「論語とその心」のお話とS様の講演を各地域から聞きに来られている多くの皆さんの質問(学習)などを拝見していて、S様のお人柄と智・志・行動とそして多くのお仲間からの信頼されているそのお姿にあらためて感銘しました。

人生の目的はただ生きることだけでなく、如何に善く生きるか「人生を真剣に生きるには?」と私自身が試されているようでした。 

また私は今日の講演から年老いた人間として若い人に論語から学ぶ人生の知恵を人生訓として伝える役割(義務)について、私自身が人間としての真価が問われているのではと自身の反省を含めて、今日学習した「論語の深意」の中から現世を見て私が非常に感銘を受けた論語を以下に書かせてもらいました。
人間の真価が問われる論語とその心

※今日学習した「論語の深意」中から現世を見て私が最も感銘した論語とその心。

民の義を務め 鬼神を敬して之を遠ざく 知と謂うべし
訳:人としての善行に励み、先祖の御霊や、天地の神霊を尊敬し、安易に神仏に近付いてお願いをしたりしない。この事を知る者が道理を弁えて本当の知者である。
☆師友(
S様)の一言
・「民の義」とは人間として踏み行なうべき道(親として子どもへの慈愛、子としての親への孝行など)である。

・鬼神(神様・仏様・先祖は感謝・尊敬するもので祈願する前に人として善行に励み、人格を磨くこと。

 ●己に克ちて 礼に復るを仁と為す
 訳:自分の欲望に打ち勝って「礼」に従って行動する事が、仁を行なう事になる。
 ☆師友(S様)の一言
・「礼」は人を尊敬する「敬」と人を思いやる「恕」が形となって表れたもので、「敬」の心は「忠」に通ずるから忠と恕は「仁」の本である。そのために仁の行動を基本にした生活習慣が大切である。

●詩に興り 礼に立ち 楽に成る
訳:詩を学んで人としての心を奮い興し、礼を身に付けて行動し、音楽を学んで調和の心を養って一人前の人間として完成する。
☆師友(S様)の一言
・「礼」を身に付けてから行動しないと必ず失敗する。
・自分の愚かさを知る。
・詩によって心の健康を保つ。

●その以す所を視 
その由る所を観 その安んずる所を察すれば 人焉んぞ痩さんや
訳:その人が今何をやっているかを「視」、これまで何の目的でやってきたかを
「観」、心の安ずる所を「察」すれば、人は隠そうとしても隠し切れるものではない。

☆師友(S様)の一言
安ずる所とは「仁」、「義」などの心の置き所である。
人の心を見通すためには自分の心が育っていなければならない。
・先ず自分の心を磨く。

徳は弧ならず 必ず隣有り

訳:徳のある人は決して孤立しない。
☆師友(S様)の一言
 
・徳は単独ではなく、必ず他の徳と強いつながりを持っている。
・徳のある人は交際を通じて「仁」の徳に育ち、「仁」の徳を更に深く修めると「義」や 「礼」の徳へと発展する。

●人にして信無くんば その可なるを知らざるなり。

訳:人と人との間に信用がなければ、共に何かを行おうとしても、やり遂げる事は出来ない。
☆師友(S様)の一言
・信とは人とをつなぐ。
・自分の心をどこに置いているか?


●利に放りて行なえば怨み多し、君子は義に喩り、小人は利に喩る 利を見ては
義を思う

訳:自分の利だけ求めるだけだと、必ず人から怨まれる。君子は、物事を人の道に適い役に立つかで判断するが、そうでない人は自分の利益になるかで判断する。利益になると思う時は、それが人の道に適しているかどうかを考える。
☆師友(S様)の一言
・自分の利益や欲得だけ求めて行動すると、人の道から外れて失敗する。
・人のために「利益」になる事で行動することは、「道義」によって「私欲」を制御していることになる。


最後になりましたが、講師S様)の「論語の心」のお話そして「論語の教えを広める会」の皆さんの“恕の精神”また参加されていた皆さんとのふれあいもあり、反省することも多りましたが、論語から改めて学ぶ人生の知恵と勇気を沢山いただきました。また講演会の後、寺院と鎌倉鶴岡八幡宮を参拝、神苑ぼたん庭園を散歩して帰宅しましたが本当に素晴らしい生涯学習の一日でした。ありがとうございます。

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師友から頂いた宣紙に書かれている論語を写す
(筆をとりながら今に自分を考える)

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   師友(S様)が紹介した四字熟語
「利」のみを追っていると「義」が見えなくなる。

義は利の本なり、利は義の和なり」(春秋左氏伝)から

■鶴岡八幡宮境内の神苑牡丹園

 
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        湖石の庭

 
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       神苑牡丹(連鶴)
花言葉:風格(中国では
花神という別名で呼ばれている)

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        神苑牡丹(島錦)

 
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※私が神苑ぼたん庭園の散歩で浮かんだ

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