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2017年4月26日 (水)

「心の会話が心を癒す」(師友の価値観と知的生活習慣)

私は菩提寺の住職さんから法話などの中でよく「人の話は心で聞く」ようにと聞かされ、また両親からも同じように「相手とは心で話し、心で聞け」と云われてきました。

私はこのような心で師友・心友と深く交わり、時には相手の方から笑われたりすることもありますが、これが人とのコミュニケーションの一つの法則で人の話を心で聞くことは自分に対しても、相手に対しても誠実に生きていることになるのではないか?と思っています。(この事で自分の心が原点に戻ることができ、もう一人の自分を知ることができると思います)

今日はこうした想いの中で、何時お会いしても同じ「心で話し、心で聞く」師友・心友である川崎様、米本様との食事・勉強会で心癒しつつ、お二人から人間としての価値観と知的生活習慣など多くのことを学ばせて頂いた一日でした。

価値観と知的生活習慣について
■私の思う人間としての価値観と知的生活習慣人の価値観はそれぞれ人によって違いますが、それはその人それぞれの人生哲学だと私は思っています。しかし現世はその価値観が大きく変わり、あまりにもお金・地位・名誉だけに価値を置いている人が非常に多くなっているのではないでしょうか?(心が貧しくなった・ストレス社会になった、これだけでは人間として自身の夢・希望・幸せはないと思います)
人間は自らの価値観意義)を見出し、そのための目的のために知的生活習慣を身につけて、はじめて人生を豊かにすることができると私は思っています。(自身の考え方や行動で未来が変わるのではないでしょうか?)

〖今日の学習から〗
今日は川崎様、米本様から価値観知的生活習慣について、そのため最も必要な知識(後述)の追求と精神的活力の源を学習し、私は少しでもお二人と同じように将来の夢を周囲にどう伝えるべきかを「自分の課題」とした成熟した人生をつくる心を持たなければと思いました。
※以心伝心という禅の言葉がありますが、これには人に善を伝える努力が必要で、以心伝心があってこそ師友・心友が生まれるのではないかと私は思っています。

上野東照宮と牡丹苑・東京国立博物館
米本様が水彩画同好会の集まりがあったため、お会いするまで時間があり、川崎様と二人で上野東照宮参拝・東照宮牡丹苑でぼたん鑑賞と東京国立博物館の特別展を参観しました。

●上野東照宮・牡丹苑見学
川崎様と二人で上野東照宮を参拝のあと牡丹苑で富貴花、百花の王と呼ばれ詩歌に盛んに詠まれている”ぼたん”を鑑賞をしました。
上野東照宮・牡丹苑は日中友好を記念して開苑されたようで、今は、中国牡丹、アメリカ品種など多くの牡丹が鑑賞でき、その精いっぱい咲いているぼたんを日本人だけでなく外国の方も多く鑑賞しに来られていました。
そして牡丹を鑑賞した後、皆さんがあでやかに咲き誇っている牡丹をそれぞれの想いで、短冊に書いて奉納俳句を掲示板に貼り出していました。

私は川崎様から一句詠んだらと云われましたが、それよりも私は川崎様の知見に感銘を受けるとともに、その知見から私に与えくださったアドバイスに感謝しました。
また牡丹苑内の休み処で川崎様がイタリアから来られご夫婦とどちらから来られたのですか?何時こられたのですか?これからどちらへ?何時まで日本に?など会話をしている姿に私は感銘し、また私にイタリア語と英語の発音の違いと、さらにご夫婦の住んでいるところは古い歴史のある町であることなど教えていただきました。
ご夫婦は帰国して日本の美と文化を子供さんに、お孫さんに、そして私たちのことも話されるのではないか?まだ何日か日本各地を観光して廻られるようでしたのでその途中でもと川崎様とこれも「一期一会」ではないかと話しながらご夫婦と別れました。川崎様ありがとう!
牡丹には二期咲き(早春と初冬)があり、冬牡丹は鶴岡八幡宮境内の神苑牡丹園のぼたんを2月1日に撮り、写真俳句にしましたが、東照宮・牡丹苑の春牡丹はわが家に帰って撮った写真の中からその時の思いを句にしました。
※外国人観光客の方のも多く、皆さん日本の美の美しさと日本を愛してくれているんだなあ~と思いました。

東京国立博物館見学
私は東京国立博物館の平成館には特別展のたびに訪れていますが、このたびの「茶の湯」特別展があり、お茶についての作法などまったく知識は何もありませんが、禅語にも「一期一会」と云う言葉があり、お茶と云えば「一期一会」、一期一会と云えば「お茶」そして「千利休」と思っている私ですが、現代でも通じる何かが学べるのではないかと千利休の生涯を学習しようと東京国立博物館を訪れました。

そして千利休が「お湯を沸かし、茶を立てて飲むだけ」と当たり前のことを当たり前にやると「茶の湯」に語っているについてのその心、また千利休が切腹へと追い込まれた諸説、禅語にある「喫茶去」などをこれからもっと学習しようと思いました。

 ■今日の一日(三人での食事会にて)
前述で必要な知識にふれましたが、私は知識には善知識、悪知識、無知識があり、お二人から善知識(悪知識、無知識についてはあらためて書かせてもらいます)を持つことの大切を語られ、お二人とも自分を磨きあげる言葉として、心の中に感謝する心から生まれるという「ありがとう」の言葉について語られました。

川崎様は人を愛すことを自身の誠の誇りとしておられ、米本様は禅寺で道元禅師の「正法眼蔵」を研究・学習いておられます。

お二人はつねに日々の知的生活習慣として人を愛すことが原点になければと語られており、川崎様からは前にもこのブログに書かせていだきましたが、作詞・作曲:佐久間順平、編曲:入江 純、うた:さとう宗幸の『あ・り・が・と・う・の歌』の頂いたCDの中で歌われている「ありがとう」の言葉の力について伺い、私はこの歌を毎晩床に入る前に妻と一緒に聴きながら心を癒していますが、今日も川崎様の善知識に感銘しました。
また米本様からは道元禅師の「正法眼蔵」の書の中でもふれられている「愛語よく廻天の力あり」の言葉から「ありがとうという」という愛語一つで人の心がどんなに豊かになるか?など「愛語」というのは「自分が触れ合うすべての人に対して、思いやりの心を持つことで、つねに相手の気持ちを察しての言葉で人間は親しみの気持ちを抱くような心のこもった言葉をかけることだと話されていました。

私はこのような善の正義感の強い美しい言葉を語られていた、二人にまた学習させてください「ありがとう」と本当に素晴らしい一日でした。
最後になりましたが、「道を示してくれる師友・心友」は必ずおります。

私の学習している論語にも次のような言葉があります。

子曰く、学びて時にこれを習う、亦)説ばしからずや。朋有り、遠方より来たる、亦楽しからずや。(習ったことを機会があるごとに復習すると理解が深まり楽しい事だ。友人が遠くから訪ねてくれて学問について話合うのは喜ばしい事だ)という言葉があります。
私はこうした心が癒される時間を皆さんのお陰で持つことができ幸せで、そして元気をいただいており、今日も帰宅して玄関を入ると妻が良い顔しているね!でした。(人間は感謝し、報恩、努力すろことで豊な心が生まれます!)
川崎様、米本様ありがとうございます。私は勇気・元気をいただきました。
~“ありがとう”と感謝の心が人の心を動かす~
〖私の想いと心に残したい写真

 
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     心で会話する師友・心友
上野東照宮
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    新緑の中の東照宮本殿
 
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       御神木〈大楠〉
幹周回:約8メートル

・高 さ:約25メートル
・樹 齢:約600年
東照宮創建以前からこの地を見守り続けている上野の祖木
上野東照宮牡丹苑(私の癒し)

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           牡丹の香
 
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花は人間のように「悪知識」が無いからこのように美しく咲くことができるのだと私はこの「書」を書きました。

■奉納俳句
 
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来園者がそれぞれの思いの書いた奉納俳句板
   (その一部を掲載しました)

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   愛妻と一緒に来られての句かな

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    親が娘を想う句かな

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 亡くなられた御主人を思っての句かな
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桜の花が散って、牡丹花、故郷中国を想ってかな?
中国では牡丹花が非常に愛されているいるからな。
 
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この美しい牡丹花を待っていました。日本は大好き!
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川崎様が会話していたイタリアから来られていたご夫妻が書かれた心の想いかな?※後で川崎様から翻訳していただこう。
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 私がぼたん花を観賞している来園者の姿とその句からの想いです。

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コメント

心のやさしさ、倖せブログに感銘、、
 健康にご留意を!
      
        神奈川県 SO

投稿: | 2017年6月25日 (日) 22時15分

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