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2017年6月 6日 (火)

安房国三十四観音霊場めぐり(第二十二番・第二十三番・第二十四番)

私はちょっとしたきっかけで、「仏心に触れ、己と向き合う心の旅」になればと坂東三十三観音霊場巡りをするようになり、そして2年ほどかかりましたが妻と共に満願させていただき、それぞれのお寺の縁起や史跡、伝説などを尋ねてお参りしているだけでしたが観音霊場巡りを重ねるごとに自分の人生は、自分自身で歩むものであり、生きるという心の変革に自ずと少し気づくことができたように思います。

私はこうした霊場巡りで仏心に触れ、仏さまの教えから己と向き合う心が如何に大切であるかを学び、そしてこうした心の思いを更なる自分の拠り所となる灯火として続けようと安房国三十四観音霊場巡りを始めましたが、昨年は妻の入院などがあって2ヶ寺だけ、今年はと思っていますが、私も年老いて娘の協力なくしてはできなくなりました。

今日はこうした中、娘が私と妻の心の願いが少しでもかなえればと道場山護穀寺勧修院(第二十二番)、金剛山宝珠院、(第二十三番)、平尾山、長谷山延命寺(第二十四番)の観音霊場巡りができ、これで15ヶ寺の観音霊場巡りが終わりました。今年は何ヶ寺を参拝できるかな?娘にお願いしよう。(結願は無理かな?)

■安房国三十四観音霊場第二十二番寺 道場山護穀寺勧修院 真言宗智山派
観音堂には行基菩薩の作と伝えられる本尊の千手観音菩薩像、弘法・興教両大師坐像、不動明王立像などが安置されています。

●本尊:千手観世音菩薩
●御詠歌

 朝日さす 夕日かがやく この堂へ まいる人こそ 仏なるらん
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      観音堂(本堂)
●ご朱印

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■安房国三十四観音霊場第二十三番寺 金剛山宝珠院 真言宗智山派

創建は応永7年(1400年)、僧・宥伝(ゆうでん)の父が深く仏教に帰依して、私財を投じて寺院を建立。宥海僧都を招いて、実乗院と称したのが始まりと伝えられています。
その後、宥伝が本尊に供える水を井戸から汲もうしたところ、水面に「宝珠」の文字が浮かび出ました。かくて宥伝は実乗院を宝珠院と改めたといわれています。この閼伽井(あかい)という井戸は、現在も本堂の前にあります。

●本尊:十一面観世音菩薩

●御詠歌

あま寺へ 参るわがみも たのもしや はなのお寺を 見るにつけても
 
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           観音堂
●ご朱印
 
Photo
■安房国三十四観音霊場第二十四番寺 平尾山長谷山延命寺 曹洞宗
永正17(1520)、戦国大名・里見実堯(さねたか)が吉州梵貞和尚を迎え、開基したという延命寺。以降、10代忠義までの後期里見氏の菩提寺となりました。
慶長年間には里見氏から217石あまりの寺領を与えられ、その後徳川家からも同様に保護されました。
500年の歴史を持ち、多くの雲水が修行をした禅寺で、安房曹洞宗の中心的なお寺といえます。

本尊:十一面観世音菩薩
御詠歌
平尾山 
のぼりて見れば うどの原 出世はここに 七夕の松
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        観音堂
ご朱印
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