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2017年8月15日 (火)

2017年お盆・先祖と家族に感謝(両親とも語る)

今年のお盆入は菩提寺に弟夫婦と私たち夫婦4人でお墓参りをし、墓石や花立ての掃除を行った後、両親を偲び冥福を祈るとともに家族が無事に暮らしていることを報告・感謝しました。(娘夫婦は少し遅れてお墓参りをしてくれました)
そして先祖の迎えは精霊棚を作った仏壇に弟の家族と私の家族で迎え火を焚きき先祖を迎え、それぞれ家族が仏壇に手を合わせ、先祖へ日頃の感謝を伝えたり、日常生活の報告をしました。
私は毎年お盆にはこうして親族が多く集まれたことの幸せを先祖に感謝しようと今年も娘の手料理を含めて食事会を開き、そして歓談の中でそれぞれが自身の善的生活習慣の中から人間として大切な事は何か?などを語り合い、私は親族が子どもの教育を含めた理想を語っているその姿に人間の理想である「真善美」を強く感じたお盆でした。
そしてお盆明けは休日でなかったため弟夫婦と私と妻だけで、両親への送り火を焚き両親に感謝しつつ御霊の見送りをしました。
また私は遊行期を迎え、今年は今までのお盆とは違い、前にも記事の中で触れましたが座禅の中で自分自身を見つめ「自分の人生を悔いなく」について自問自答したことを送り火の中で両親と語り、以下に心に残った言葉を書かせていただきました。

『人間は人間らしい生き方をする』
現世、人間が人間らしいく生きる社会の原点を損得だけを求めている人が多く、何かが大きく崩れていると思いました。皆さんは?
以下、こうした私の想いをいつも見守ってくれている両親の言葉から自分自身を見つめ「悟り:何故生きているのかに気づく」ともいえる次の言葉を心に刻みました。
■両親が生き様から強く語っていた言葉
●人間はなんで生れてきたのか?神仏から何らかの役割を与えられている。
※未来のある若い人に自分は人のため役に立つ何かがないか考えることを伝えること。
●後悔しない人生とは一期一会という思いで生きること。
※「一期:一生涯に」「一会:一度かぎり」と思って行動すること。
●人間は多くの人(家族・師友・心友)に支えられていることに感謝する心を持つ。
※感謝することで何かが生まれる。
仏教には忘己利他という(自分の幸せだけでなく人の幸せも考える)という言葉がある。
※幸せを求めるときは自分の心に問題がないかに気づくこと。
■私の自問自答
●みんなが幸せになるために先人・賢人の智慧を学ぶ。
●人が喜んでくれることは嬉しいことであり、また自分が嬉しかったことは周りの人にも伝えること。(前にも触れた人間として一番大切な恩送りです)
●豊な心を持っていれば心は折れない、目標や目的意識がしっかりしていれば夢は実現する。
※1.夢を実現するには自問自答(反省しながら)のみ生まれる。
※2.心を磨けば本当のことが見えてくる。

追記
本来模範となるべき立場にある人間が「人の道に」あるまじき事をしていては、子供達に素直に育てとは言えないのではないでしょうか。私も振り返って大いに自らもしっかりと襟を正すべき反省をしました。
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     先祖に報告・感謝
 
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     先祖を迎えた精霊棚
 
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  親族で「迎え火」を焚き先祖を迎える
  
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両親に感謝しつつ麻幹が消えるまで御霊を見送る
 
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庭に先祖を迎える提灯として咲く「ほおずき」 花言葉:心の平安
 
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  私が先祖を敬う花と思ってるユリ
 
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 ありのまま自分の心を大切にしよう!
喜ぶ時は喜び、悲しい時は悲しむ、(喜怒哀楽)が
人間らしい生き方をではと母を想い筆をとりました。

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2017年8月 6日 (日)

広島平和記念式典(市長の平和宣言・小学生の平和への誓い)

今年も第72回目の広島原爆死没者慰霊式・平和祈念式が被爆者や遺族そして多くの外国の代表が出席する中で行われました。

私と妻はテレビの前で8時15分から1分間黙とうし、そして広島市長の「平和宣言」とこども代表の「平和への誓い」を読み上げる姿とその言葉に戦争には勝ちも負けもなく、多くの悲惨な悲しみを残すだけで戦争の理不尽さを日本人として、何より人間として、戦争を繰り返してはならないと平和の尊さを戦中、戦後を体験してきた人間として私たちはもっと発信していかなければ強く思いました。

私は広島平和記念式典を毎年テレビで拝見し、その時の思いをブログに書かせていただいていますが、今日は広島市長の「平和宣言」とこども代表の「平和への誓い」の中から強く心に感じた言葉を書かせていただきます。
■広島市長の「平和宣言」
●被爆者の声として紹介
地獄図の中で亡くなっていった知人、友人のことを偲ぶと今でも耐えられない気持ちになります。
「一人一人が生かされていることの有難さを感じ、慈愛の心、尊敬の念を抱いて周りに接していくことが世界平和実現への一歩ではないでしょうか。(私たちにも問い掛けていると思います)

●日本人としての平和への思い
・今年7月、国連では、核保有国や核の傘の下にある国々を除く122か国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は、「核兵器のない世界」に向けた取組を更に前進させなければなりません。
・日本政府には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい。また、平均年齢が81歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々に寄り添い、その支援策を一層充実を強く求めます。
私たちは、原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、世界の人々と共に、「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

■こども代表の「平和への誓い」
平和への誓い
原子爆弾が投下される前の広島には、美しい自然がありました。
大好きな人の優しい笑顔、温もりがありました。
一緒に創るはずだった未来がありました。
広島には、当たり前の日常がありました。
昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、広島の街は、焼け野原となりました。

広島の街を喪ったのです。
多くのいのち、多くの夢を失ったのです。
当時小学生だった語り部の方は、「亡くなった母と姉を見ても、涙が出なかった」と語ります。感情までも奪われた人がいるのです。大切なものを奪われ、心の中に深い傷を負った広島の人々。
しかし、今、広島は人々の笑顔が自然にあふれる街になりました。
草や木であふれ、緑いっぱいの街名なりました。
平和都市として、世界の人に関心をもたれる街となりました。
あのまま、人々があきらめてしまっていたら、復興への強い思いや願いを捨てていたら、苦しい中、必死で生きてきた人々がいなければ、今の広島はありません。
平和を考える場所、広島。
平和を誓う場所広島。
未来を考えるスタートの場所、広島。
未来の人に、戦争の体験は不要です。
しかし、戦争の事実を正しく学ぶことは必要です。一人一人の命の重みを知ること、互いを認め合うこと、まっすぐ、世界の人々に届く言葉で、あきらめず、粘り強く伝えていきます。
広島の子供の私たちが勇気をだし、心と心をつなぐ架け橋を築いていきます。
平成29年(2017年)8月6日
【子供代表】
広島市立大芝小学校6年 竹舛直柔
広島市立中筋小学校6年  福永希実

※こども代表の「平和への誓い」は私の地方では全文が新聞に載りません。広島にお住まいの師友に広島の地方紙に掲載された全文をメールで送っていただきました。

私たちは平和について、戦争の理不尽さと多くの悲しみを残すだけだともっと発信していかなければと戦争を戦中、戦後を体験してきた人間として強く思いました。
追記
●私の市では次世代を担う市内の中学生に平和の尊さを深めてもらおうと平和大使として広島平和記念式典への参列をはじめ被爆関連施設の見学や平和推進活動に取り組む広島の中学・高校生との交流をしています。また各平和大使の通う中学校では全生徒が折った鶴を千羽鶴として献納してきたそうです。私は本当に素晴らしいことだと感謝しています。

●「政を為すに徳を以ってす」
「論語」に次ぎのような徳で国民を治めるという言葉があります。
・政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰の其の所に居て、衆星のこれに共うが如し。
私訳:徳の深い政治を行なえば、国民はその徳を慕って、為政者に従うだろう。

※徳で国民を治めればその理想が現実を変えてくれる。信念を持って、それを実現しようとしている政治家が多く生まれることを祈ります。

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2017年8月 2日 (水)

自分らしく生きる人生(ありがとう・感謝・三省)

今日はお盆を迎えたとき「両親と語りたい」と思うことを書かせていただきまいた。

私は寺院を参拝し、お寺の境内を散歩するだけで不思議と心が安らぎ、また本堂に入って手を合わせると煩悩が一つ消えてなくなったように思え、そしてものごとを正しく成熟した人生をつくる習慣が少しまた新たに生れるような気がしてきます。

私はそうした思いでつねに寺院を参拝していますが、人生の遊行期を過ぎてからはただ年齢だけを重ねているだけではないか?人生これでいいのか?と思うようになり、両親がつねに語っていた「自分らしく生きる人生」を自問することが多くなりました。

今日はそうした思いの中で、まもなく両親を迎えるお盆を前にして、親の生きざまから現世の課題、また今の「自分の人生を悔いなく」などについて両親と語ろうと禅寺を参拝し、椅子座禅の中で、何時もより長い時間を自問自答してきました。
※この禅寺は私が尊敬している師友・心友(I様、Y様)が道元禅師の「正法眼蔵」を学習している禅寺で、私も月1~2回は椅子座禅に参拝しています。

『今日の学習:自分の人生を悔いなく生きる』
私は喜寿を迎えたとき「生きてて良かった」と思える人生記録を残したいこのブログを開設(9年前)し、自分は何のため生れてきたのか、そして何をすべきかを自分に日々問い続けています。

今日は座禅の中で遊行期に入ってもう一度「生きてて良かった」?を反省し、あらためて自分に問いを出して「自分の心からの答え」を聞き、自分がどれだけ無知であるかを思い知らされましが、人間は誰でもこの世に何かの役割を持って生を受けているのだ!年老いた私でも「自分らしく生きる人生」について、少しでも若い人に役に立つことがないか?と先人・賢人の言葉(智慧)と師友・心友との学習から「今日という一日を心に刻む意義」を年老いた人間として次の世代へと伝へなければと思う「心を豊にする」その原点を今日の自問から少し長くなりましたが書かせていただきました。

■人間はどういう心がまえだと「生きてて良かった」と思えるか?
●いつも「ありがとう」と言う感謝の心を抱いて毎日を生きることの大切さを知る。

※1.人生の幸せは感動・感謝なくしてはない。私の「生きてて良かった」と思う人生は「ありがとう」の言葉と隋喜功徳が原点です。

※2.生き方は誰でも顔に出ます。人間は誰でも同じではないでしょうか?

※3.自分を信頼してはじめてどう生きたらよいかがわかる(自身の心に問いかける)

●仏教の教え「利他の心」を心がけた生き方をしていれば幸せは巡り巡ってくる。
・私は人間にとしての価値は「思いやりの心・感謝する心」が自分自身の心の中にあるか、ないかで、人間としての幸福か不幸かもその心の持ち方で決まるのではないかと思っています。
●自分を支えてくれているのはだれか?を知る。
・自分が生きているということは、これまで生きてこられたのは誰か支えてくれているからです(家族・心友)

※1.人間は神仏のお陰で出会うべきして人と出会っており、禅の言葉にも「我逢人」という出会いを通じて「気づき」、「学び」、「成長」するという言葉があり、その一期一会を大切にする。(真の仲間は人生を豊にしてくれる)

※2.出会いを通じて恩に気づき、心が磨かれる。(感謝する気持ちがなければ恩に気づけない)

※3.自身の信念と神仏の信仰を大切にする。
●反省
私が現世について一番悲しいと思うことは、本能に負けて欲望に走り、お金や名誉や地位に執着している人が非常に多いことと、そしてまた心の豊さが薄れてきているなあ~と思いうこてです。

人間は毎日自分の人生を振り返る習慣をつくって、そして欲望への執着心を切り捨てることが反省であり、その反省することが、修行(善の習慣)となるのではないでしょうか?

※1.人間として誰もが自分の役割と善的生活習慣の価値に気付くことです。

※2.私は師友(K様)から「CD:ありがとう」を頂き、毎晩それを妻と聴き反省しています.(「ありがとう」という言葉は心を動かしますね!)

※3.自分のすべてをわかっているのは自分ではないでしょうか?

※4.反省は素晴らしい成果を生む、反省できる人間になろう。(でもーーと云う言葉を聞くと私は悲しくなる)

●墓碑銘
両親がつねに語っていた「自分らしく生きる人生」を来世にも残したいと菩提寺の墓誌の何処かに私の座右の銘(随喜功徳)を刻もうと妻と話しています。
先人・賢人の言葉から(前にも書かせていただいた言葉もあります)
私は先人・賢人の言葉からその智恵について学習していますが、毎日のように心を暗くにニュースが多く、根っこが同じではないか?と思う諸課題について、今日の自問から老後こそ人生がはじまると以下に先人・賢人の言葉を書かせてもらいました。

●遠近の前途を守り「利他」の方便をいとなむ(道元の言葉)
訳:若い人の将来のことまでも考えて、今どうしてやるべきかを考える。

●愛語よく回天の力あり。(道元禅師の正法眼蔵より)
訳:心のこもった言葉(愛語)は、人を思いやり、人に感謝する心から生れる。

※「ありがとう」という「愛語」一つで人の心を動かす。

●良心に照らして、少しもやましいところがなければ、何を悩むことがあろうか。何を恐れることがあろうか。(孔子の言葉)

●故きを温ねて新しきを知れば、以って師と為すべし。(論語学習から)
訳:古人の知恵を今の時代に生かす人が指導者である。

●知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず。(論語学習から)
:智恵と思いやりと勇気があれば何も恐れることはない。

※知・仁・勇は人間が備えたい徳目である。

徳は弧ならず。必ず鄰あり。(論語学習から)
:信念を行動すれば賛同する人が集まってくる。(自分の正しいとしいと思うことを信じて徳を積む)

※私は座右の銘として書にして掛け軸にしています。

●己を反りみる者は事に触れ、皆薬石なり(采根譚より)
訳:つねに反省を怠らない者は、なしたる事がみな良薬となる。

●自分を信頼して、はじめてどう生きたらいいかがわかる (ゲーテ)

●生かされていることのありがたさを知る。(菩提寺の住職さんの言葉から)

・水は逆らえば魔物になり、求めれば仏になる。水は万物を育て救ってくれる。大きい木も小さな草もみな水を求めます。草木は根っこを大事にしなければ育たない。先祖は根っこです。根っこがあって幹が育ち、枝が伸びて葉が繁る。そして今を生かされている。このあたり前のことを大事にしなさい。(私は人生とは智慧と感謝であると思います。皆さんは?)

■師友・心友の善的生活習慣に感銘した言葉

私は多くの師友・心友の人生を豊かにする善的生活習慣に励まされ支えられており、以下その感銘した善的生活習慣の原点の言葉を以下に書かせて頂きました。

●キブ・アンド・キブ
人に喜んでもらうことで自分の幸せを感じる。

●感動する心の大切さ(感動なくして感謝なし)

●自分より、優れた人を称賛できる心。

・優れた人を素直に称賛できる心を大切にしていこうと思います。
1.自分を自慢する人は自身が劣等感を感している。
※2.人の幸せを喜ばない(妬む人)私は反面教師としている。

●見て見ぬふりはできない。(人間とて卑怯なことは)

ならぬことはならぬものです(什の掟)
嫌われる勇気(八方美人は徳の敵)
●損得勘定を離れ相手の立場を考えた生き方をしよう。

最後になりましたが未来の若い人に「生きる喜びを見つける」ことを伝えたい。それを次の世代へと伝えていくことが今の遊行期を迎えた私の役割で、これからも自分は何のため生れてきたかを問い続けたいと思います。
~人生は「ありがとう」・「おかげさま」の心が幸福を招く~

〖後記〗
■私の自問自答から
今日の座禅での自問から
私が伝えていること・伝えたいこと

●私の今日の想いから
 
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     禅寺掲示板今月の言葉
    私に修行を問いかけている
 
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       禅僧の言葉
 私の修行はこれでいいのか?を自問
 
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菩提寺住職さんの書から私たちに何を伝えているか?
●相田みつをの詩集から
 
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   家族・師友・師友は私の宝

 
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     反省することばかり
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自分の手本とする人は世の中に多くいることを知れ

 
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        感 謝
 
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●私が子どもさんに贈っている言葉
 
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   私が子どもさんに贈った鉛筆
※1至誠にして動かざる者なし
訳:誠を尽くせば、人は必ず心動かされる。
※2過ちては則ち改むるに憚ることなかれ
訳:
過ちに気づいたらすぐに改めるべき。(反省することの大切)

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