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2017年9月28日 (木)

人の心に灯をともす(薫習)

今日は上野東京国立博物館の仏師・運慶の特別仏像展、上野の森美術館での金沢翔子さんの書展の二つの展覧会に師友・心友(K様・Y様)と一緒に行きました。
 
私はここで運慶と金沢翔子さんのお二人の作品から「人の心に灯をともす」仏語に言う「熏習」(香が衣服に移っていつまでも残るようなその感動が心に残る)とはこのような心の状態を言うのかとの思いに強く感銘しました。(薫習とは自分の心を見つめ直す一時にもなりますね!)
 
この展示会に来られていた多くの皆さんも私と同じ思いで、それを感じておられたのではないでしょうか?
 
■東京国立博物館
 
平成館 特別展示室に運慶の仏像の多くが大集合して展示されて、私は仏像に仏様がまるで生きているようで、仏像に手を合わせるだけで幸せを感じ、心の中から感謝の念が湧き出てきました。

私は寺院で仏像を拝見する時は仏像のお顔をじっくり観るようにしていますが、今日は特別「目の優しさ」、「耳の大きさ」、「口元」などを拝見して、私たちにやすらぎを与えてくれました。
 
その仏像は館内での写真撮影禁止でしたので私は博物館で運慶写仏の教本を買い求め、我が家に帰って、その中から運慶が20歳代で初作ともいわれている大日如来座像の写仏をして心をまた癒しました。(人間は誰でも心の中に邪念があるのですね!私は写経・写仏で心を癒しています)
 
■上野の森美術館(ダウン症書家、金沢翔子さんの書展)
 
金沢翔子さんは1895年生まれ。5歳から書家母泰子さんに師事し書道を始め、20歳で初の個展を開いて以来、今まで280ヵ所以上で個展を開催しており、中には日本を代表する神社仏閣などへの奉納揮毫した門外不出の秘蔵作品も多数あるそうです。
 
今日はそうした書家、金沢翔子さんの書展を師友とこれまで4万人とも云われる多くの参観者と共に拝見し、あらためて「書は人なり」と昔から言い伝えられている言葉があるように書家金沢翔子さんの持つ人生の心が伝わってきました。(金沢翔子さんはお母さんと共にいつも「世のため、人のために」と人の喜びを我が喜びとしている愛・慈悲の心をお持ちなんですね)
 私は時折「書」を書きますが文字は人に意志を伝えるだけでなく、文字を書きながら自分の心の思考を深め、新たな自分の視点(心の静寂)を発見することができ、自分自身の生き方を教えてもらっています。
 最後になりましたが、書の文字が金沢翔子さんの心を語っていて、見ただけで想いが伝わり、私は人間は感動して暮らす心の大切さなど多くの”気づき”や人生のヒントを与えていただき、あらためて反省を含めて心の中で見つめ直すための作品をカメラに収めさせていただきました。
 〖今日の一日の想い〗
●東京国立博物館
師友・心友と共に心が癒されました。K様・Y様ありがとうございます。
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    師友・心友と感謝の国立博物館前
 
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癒された心で、我が家での大日如来座像の写仏
●上野の森美術館
両親が自分を戒める言葉として「良心に恥じない生き方をしなさい」がよく語っていたことを想い出しながら書展を参観し、今日一番心に強く感じた言葉を掲載しました
(現世、この言葉は死語になっているのではと思いませんか?)
森美術館前の「翔」の書
 
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私はこの「翔」の書を拝見して両親の願い(希望を持って毎日を過ごす)の名前「翔子」の一字かなと思いました。
☆お母様、
翔子さんの仏性を想われる,10歳から20年以上書き続けた「般若心経」作品

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 10歳ぐらいの時に書いた「涙の般若心経」
 
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 20歳ぐらいの時に書いた「希望の般若心経」
 
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30歳を超えて多くの人に伝えたいと書いた「感謝の般若心経
※私は坂東三十三ヶ寺札霊場巡りで般若心経を各お寺で唱えるだけで何か「徳」が得られたような心になりました。
☆私の感銘した作品
 
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天皇陛下の「心の優しさ」、「心の温かさ」を感じる短歌を金沢翔子さんが揮毫した歌碑の書(味の素スタジアムにあるそうです。私も一度見学に行きたいと思いました)
☆私の心の中の(ホコリ)を掃除してくれた作品

つねに世のため人のためと考えて行動している金沢翔子さんの書の今日拝見した一部です。
 
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マザー・テレサの「隣人を愛してください」との言葉を思い出しました(クリスチャンの師友・心友(H様)がよく私に語っていた言葉から)、そして私はまた徳の政治を願いました。
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お母様・翔子さんの「仁・義・礼・智・信」を強く感じました。
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私は座禅して心の健康が保たれている時や内に秘めたる宝がある時は無」だと思いました。
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多くの人の幸せを願って「そのために自分が何ができるか」を心に念じて書かれたのかな?
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私は2015年元旦に菩提寺の住職さんから直筆の書「気をいただく」を頂きました。今日はその時の住職さんの法話「気:心は真っすぐ」を思い出しました。
 
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感謝して暮らすことが「生きる」ことだと書家の心が伝わりました。
 
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書家の「座右の銘」の一つではないかと思いました。
 
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よく知られた仏教歌謡だそうですが、意味がわかりません。後で学習します。書家金沢翔子さんは素晴らしい。
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NHK大河ドラマ「平清盛」の題字だそうです。
「熏習」のように香が残った一日でした。お二人に感謝~

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2017年9月26日 (火)

2017年秋彼岸(「彼」の岸から自分を見る)

私たち家族は毎年、春・秋のお彼岸には必ず菩提寺に行き先祖供養をしており、今年も「彼岸の入り」は弟夫婦と私と妻、「中日」は娘夫婦と孫・ひ孫がそして「彼岸明け」は弟と二人で彼岸総供養会に参列し先祖供養をし、住職さんの法話の後、祖供養御霊を書いた彼岸塔婆を持って再度のお墓参りをしました。
私はこうした思いの中、近年、年齢を重ねるごとにお墓の前で手を合わせる行為一つについても心の中で、大げさかもしれませんが自分の人生について改めて考えたりするようになりました。
心の中で考えるようになったこととは、前にも触れたことがありますが、お彼岸はお墓参りだけでなく、この世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための6つの修行、六波羅蜜(布施、自戒、忍耐、精進、禅定、智慧)と人間が生存中の行為の善悪の結果としての六道綸廻(地獄,餓鬼,畜生,修羅,人間,天上)を意識するようになったことです。
これも私が年老いて、今日の世相への思いかからかもしれません。
お彼岸は、ご先祖様に感謝しつつ修行も行い、極楽浄土に思いも馳せるという、とても大切な期間で日本の素敵な行事ですので、自分の人生についてもう1度考えてみる、いいチャンスなのかもしれませんね!
私は感謝と報恩の心を持ちで「お彼岸」は彼の岸から自分を見ることが大切で、なかなか難しいかもしれませんが、お彼岸の期間だけでも悟りの世界に到る六波羅蜜という6つの徳目を意識してこれからも実践していこうと、この意味や由来を噛み締めながら、子供たちにも受け継いでいかなければと思います。
最後になりましたが菩提寺境内にある六道地蔵菩薩尊観音様にお水をかけ、碑に書かれている御詠歌を弟と二人で唱えてからわが家に帰ってきました。
■今年の特別な想いのお彼岸の一枚
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        山 門
1756年(261年前:宝暦6年)に久留藩主黒田家の祈願寺として建築された菩提寺です。
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        本 堂
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  先祖供養御霊を書いた彼岸塔婆
●本堂改修前の鬼瓦

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        左の鬼瓦
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        右の鬼瓦
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      住職さんの説明碑
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  境内にある六道綸廻の六道地蔵菩薩
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       先祖に感謝
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 神話の多い庭池のホテイアオイ
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  今日の想いの写仏(地蔵菩薩)
左手に願いを叶える如意宝珠、右手に音を鳴らす錫杖(煩悩をとり除き、智慧を授かる)

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2017年9月 8日 (金)

「正師を得ざれば学ざるに如かず」(師友は宝・誇り)

私は一期一会の縁で多くの師友・心友に学び支えられて、人生の日々を送らせていただいており、多くの師友・心友は私の宝であり、誇りだと思っています。

私はこうした感謝・感謝の思いの中、多くの賢人がこの言葉から学んだといわれている道元禅師の「正師を得ざれば学ばざるに如かず:素晴らしい師のもとで学んで欲しい」という教えにあるように人間は志があれば尊敬すべき師に必ず出会うとことができ、人生を豊かにしてくれる師の大切さを実感できるのではないかと思っています。

※この言葉は道元禅師の「正法眼蔵」を学習している師友・心友がつねに語っています)

私はこうした思いの中で10年前に地域活動でお一人の弁護士先生(I様)に出会い、人間として「心の正しい磨き方」など多く学習させていただいており、今日はその師友の弁護士先生・スタッフ(S様)との学習でまた反省と勇気をいただき、その想いを記事に書かせていただきました。

正しい良き指導者を得る事の大切を件名にしました。

■『今日の学習』から
人は尊敬の念を師友に持つことで正しい心の磨き方を学ぶことができ、人生を豊かにしてくれます。
●喜怒哀楽の心(喜び・怒り・悲しみ)を大切にすることができるのが人間力である。
※人間はどれだけ
感動することができるか?そして怒りさえ「力」に変えてくれるのが喜怒哀楽の精神である。
「なぜ」により課題の真の原点を見つけることができる。
「なぜ」こんなに毎年自殺者が多いのか?
「なぜ」こんなに児童虐待がおこるのか?
・親が子どもを子どもが親を「なぜ」殺めるのか?
など「なぜ」、「どうして」と私は日々心に悲しみを感じています。これが現世の日本社会が抱えている課題であるが「なぜ」からその真の原点を見つけようとしていない。原点は共通しているのではないかと思う。

●自分の宝となる財産(師友・誇り)はすべて「利他・仁義」からはじまる。
●ダメなものはダメで「嫌われる勇気」を持つことの大切さを知る。
※八方美人(調子のいい人間)は徳の敵
最後になりましたが、弁護士先生との論語学習の中から私の想いを筆(書)にしました。

■私の想いの筆(書)
師友を求めることの大切さ
 
1
●君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む(衛霊公篇)
 素晴らしい人は責任は自分に求める。小人はすべて他人に押し付ける。(責任を逃れをしても得るものはない)
 
2
●知者は惑わず仁者は憂えず、勇者は懼れず(子罕篇)
知・仁・勇を備えてこそ人格者である
師友を求めるための自身の志
私は次の「人能弘道」・「三省」がなければ師を求めることはできないと思います。

 3

人能く道を弘む。道人を弘むるにあらざるなり。(衛霊公篇)
人間は努力することで道徳が広まり、人の道が描ける。
※1.人間は徳がなければ「人生の幸せがない」と私は思っています。
※2.私の論語の学習で訪れてた藩校巡りの中で水戸藩の藩校もここから「弘道館」の名が付けられたそうです

Photo
●吾日に吾が身を三省す(学而篇)

 志・初心を忘れていないか、自問自答し、一日に何度も反省せよ。
※1.省の精神に気づき人生を振り返ろう。
※2.私は毎日の行動が利他の心に照らし、反省することにしています。
師友・心友は自身の宝、誇りです

 

 

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