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2018年1月 5日 (金)

新年の禅寺参拝(神・仏の機縁に感謝)

今日は心友との一期一会の感謝を捧げるため新年の参拝に禅寺にいってきました。

人生には誕生、成長、成熟、老衰、死という期がありますが、また古代インドには理想的な人生のそれぞれの生き方として“学問を身につける時期”“家庭を持ち仕事に励む時期”心を無心にして他人の役にたつことを考える時期そしてこれまでの知恵をもとにその道を人に説き伝える時期と4つに区切る四住期(学生期、学生期、林住期、遊行期)という思想あります。

私はこうした四住期の最後の遊行期(85歳)になり、これまでを振り返ると多くの人に支えられてきましたが、これも神様・仏様の機縁での一期一会で心友から多くのことを学び、これまで歳を過ごすことができたのだと感謝し、そうした思いを年賀状にも元旦の記事にも「遊行期の新年を迎えることができました。これも皆様との出会いとご縁のおかげです」と書きましたが、今日はこうした皆さんとの仏の機縁による一期一会に感謝しての新年禅寺参拝をしました。

また私は禅寺を訪れたときは、必ず境内にある伝道掲示板に書かれている仏の真理の道理の言葉に触れてから参拝していますが、今年の新年の伝道掲示板の言葉は「謹賀新年 佛紀2584年」と書かれており、私はお釈迦様が誕生してからの年数か?と何時もと違った思いと私の師友・心友(I様・Y様)が座禅と道元禅師の「正法眼蔵」を学習している禅寺でもあり、そしてこの禅寺で私が心の静寂を求めて毎月座禅に通うようになったのも仏様の機縁ではないかと思いました。

(この禅寺は私の中学・高校時代を過ごしたに学校に隣接しているお寺でよく同窓と境内を散歩したお寺で、またOBのI様・Y様と同じ禅寺で学習しているのも仏様の機縁ですね!)

最後になりましたが、現世は社会も企業も個人にもこうした大切な一期一会の大切さに気づかず「利他の心」忘れた「損得」だけを優先する社会になってしまったなあ~と思いつつ「損得の心」からは真の社会貢献するために学ぶものは無いと思いました。

私もこうしたストレス社会の中で多くの反省ばかりが残っており、大変難しい課題ではありますが、先にふれた遊行期の人間としてこれまでの知恵をもとに一期一会の友人の支えを得て「利他の心」なくして人間の幸せなしを若い人に伝えていきたいと思います。

~すべての出会いに感謝(ありがとうございます。ありがとうございます)で床に就きました~

※私は還暦から毎日、その日の出来事を日記に25年以上付けてきましたが、今年の元旦から出来事だけでなく、その日感じたことや今の思いを床に着く前に書く「おやすみ日記」を付けるようにしました。今日の日記は感謝・感謝の日記となりました。

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       禅寺の本堂
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      本堂前の香炉
 お線香の香りにおかげさまと感謝
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    禅寺の新年伝道掲示板











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