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2018年4月 9日 (月)

「徳を求める」(人間はいかに生きるべきか)

今日は師友(S様)から講演会(人間として「徳」を求める)のご案内をいただき、私は「徳」を求める心を共有いている心友(K様、Y様)ご一緒に講演会に参加させていただき徳を求める心の素晴らしい講演をお聞きすることができ、感銘すると共に多くの心の学習をさせていただきました。

私にとってこの度の講演会は講師(S様)が体調を崩し、快復されてから一年ぶりの再会ができたこと、また講演会の質疑から会場に来られていた素晴らしい多くの方(感謝の心、思いやりの心、自立の心など道徳教育に携わっている)にも講演会が縁でお会いできたこと、さらにこの講演会に一緒に参加してくださった心友(K様、Y様)からも素晴らしい学習ができたと喜んでいただいた事など私がこのブログを開設したときの想い(徳の心無くして幸せなし)や遊行期を過ぎた私の心の願いなどとが重なり、非常に長い記事になりましたが、このたびの講演のお話を通じて感銘し、感謝の心を書せて頂きました。

前にもふれましたが講師(S様)は儒教を道徳規範として20年数年にわたり学び、研究し、心豊な子どもさんを育成したいと「子ども論語教室」を開設し、私はその20周年記念講演会にも参加させて頂きましたが、その時の講演でも人間が社会生活において守るべきは「徳」を身に付けることが非常に大切であるとのお話を伺いました。

このたびの講演でも長年「論語」で身を修められた講師(S様)が現世を思い人間は如何に生きるべきか?とそのため如何に人間力を高めなければならないかとのお話の中で、徳が非常に薄れた現世においても通じる貝原益軒の「養成訓」のにある「徳の心」についてのお話があり、その心の持ち方を論語が教える数多くある名言の中から自分のためでなく、今を生きるすべての人に論語の一句でも学んでほしいとS様の講演を感銘してお聞きしました。本当に素晴らしい講演会でした。

私はこうした講演をお聞きしながら、「自分の人生はたしてこれで良いのか?」と遊行期を過ぎた人間として生きる意義、役割、天命などさまざまな感じるところがあり、「徳」は人間にとって一番大切で、ただ生きるだけでなく善に生きることで、他者のために最善を尽くし、つねに「人に感謝する心」「人を賛美する心」「利他の心」「反省する心」を持つことだと思い、その心が自分の視野をさらに広げ、人間はいかに生きるべきかと徳の心を求めることにつながるのではないかと思いました。

そして人間は生きると生かされているとの違いはその徳の心に気づくことができるか?できないか?ではないかと思いました。(現世は社会も企業も個人も「徳の心」が非常に薄れているのが私は悲しく残念でたまりません)

以下、私自身の人生力をより高めなければとの思いとあわせて特に未来を担う若い人に何十年後までは考えられないと思うかもしれませんが、未来を考える視点を持って自分に恥じない生き方をしてもらいたいと今日の講演の一部と私の思を書かせてもらいました。

※私たち高齢者の多くはそれらの課題(超高齢化社会・平和な社会・子どもの教育など)を真剣に考えてこなかったのではないか?と自問自答し大いに反省して若い人に「今、何が大切?・今、何をすべきか?」を伝えなければならないと思いました。

『講師の素晴らしい講演』

講師(S様)が講演の中で人間が社会生活において輝いて生きるために守るべき規範として話された「徳」についてその一部を以下に書かせていただきます。  

■徳力を養う論語の名句から

天命を知る(為政篇)

訳:人間にとって人生の節目、節目にあるのが天から与えられた使命(徳)であり、天命を知ると言うことはとても大切な事である。

※「天命を知る」とは仏教の悟りを得るここと同じで、その使命を自覚するということで、反省して人間は成長をする。

天命を知らざれば、以て君子たること無きなり。礼を知らざれば、以て立つこと無きなり。(堯曰篇)

訳:天命を知らなければ人を指導・育成する資格はない。礼儀・礼節を知らなければ、人の上に立つことはできない。

※人間としての徳の志を持つことが大切さを知ること。

●忠信を主とし、義に徒るは、徳を崇くするなり。(顔淵篇)

訳:人格を高めるためには、心の中には忠信という誠の心を常に持ち、外に対しては道義にあった行動すれば人格を磨くこととなり徳が高くなる。

※誠実を根本におき、義を規範とする。

●事を先にして得るを後にするは、徳を崇くするに非ずや。(顔淵)
訳:自分の利益よりも自分が行わなければならないことを先に実行することが自分を磨くことになる。

※自分に対しては修めて厳しく自問自答し、他人に対しては、「仁」を持って接することを心がける。

●君子は義に喩り、小人は利に喩る。(里仁篇)

訳:君子は、物事を判断するときに、まずそれが正義にかなうかどうか判断するが、小人はまず自分の利益になるかどうかで判断する。

※ 人の心は弱いもので、つい目先の利益で物事を判断してしまう。君子は徳のある人、小人とは徳のない人である。

君子和して同ぜず小人同じて和せず(子路篇)

訳:学徳のそなわった立派な人間は私心がないから道理に沿って和合しうるが、不合理なことには付和雷同しない。私私欲がある人間は利を見ては雷同し協調はしない。

※私利私欲から離れているか、人のため社会のため成っているかと反省しながら行動する。

●義を見て為さざるは勇なきなり。(為政篇)

訳:人としてなすべきものだと知りながら、それをしないことは勇気が無いからだ。
※「義」は儒教の五常(義・仁・礼・智・信)の一つで、筋道の通った正しいことを行う。

正義と知りながら自分の利益を考えて正義を行わないのは、真の勇気を欠く人間である。

●徳は弧ならず、必ず鄰りあり。(里仁篇)

訳:徳のある人はけっして孤立しない。必ず理解し協力する人が出てくる。

※徳を求めるとは、人間が生れながらにして持っている人間の本性(利他の心)に従って正直に生きることである。

●道に志し、徳に拠り、仁に依り、藝(日常の活動)に遊ぶ。(述而篇)

訳:素晴らしい人間とは人の道を志していなければならない。次に徳(人格)が優れ、仁(思いやり)があり、そして日常の活動にゆとりがあり、そして、六藝に通じてゆとりのある人物が理想である。

※人間は「徳」を追い求めなければならない。その徳と仁は人の心情で、そして直ちに行為となって外面に現れる。
●苟しくも仁に志せば、悪しきことなし。(里仁篇)
訳:他人を思いやる心さえ忘れなければ、悪い心を抱くことはない。

※仁に生きようとすればその心に悪は生れない。

君子の道なるもの三つ。仁者は憂へず、知者は惑はず、勇者は懼れず。(憲問篇)

訳:人格者としての条件は「知仁勇」である。仁者は悩まない知者は迷わない勇者は恐れない

※自分の才をことさら宣伝する人間は世間から嫌われる。

故事成語と漢詩漢文の名言(易経から)

●「積善の家には必ず余慶あり」

善の徳を積んだ人には自分だけでなく徳が周囲の人・子孫にまでも喜び事が必ず生まれる。

※私は心友の家族を思う心に感銘して前にこの故事成語を書にしたことがあります。

■克己心の人(武士道から)

自分の欲望などに打ち勝つ心(自制心)を持つこと。

最後になりましたが、私は多くの師友・心友から処世の道となる「心の健康」につながる人間としての価値観や生き方など善的習慣から「徳」を積むことを学んでいますが、今日もまた師友(S様)から人が幸せになるために大切な「心に徳を持つ」ことの素晴らしいお話お聞きしました。また素晴らしい師を持つ幸せと共に今日の思を以下に追記しました。

追記
『自分の心に向き合って、徳に輝いて生きる』

■「師友とのつながりが生む勇気・感謝」

師友との「徳」を求める心の共有に感謝と勇気を頂いて次の直筆の書を書きました。

●四海兄弟(論語の四海の内皆兄弟なり)から(顔淵篇)

人に対してはうやまう気持ちを持って礼を忘れず接していれば、誰とでも師友・心友となれる人との信頼・絆が世界平和にもつながる)

●水魚之交(故事成語から)

「魚は水があってこそ生きていられる」という故事成語で人間は一人では生きていけない。(水と魚のように切っても切れない親しい心友があって自分があることを忘れない)

●清風朗月

鶴岡八幡宮の境内の神苑牡丹園を師友・心友(K様、Y様)と3人で見学し、自然の美を楽しみ、人間がその自然と共存して生きることの大切さとまた新たな勇気を頂きまいた。(S様の漢詩を吟う心から)

■「私の座右の銘」

私の人生訓とし人生の「自分の戒めのためにいつも心にとどめておきたい言葉」として先人・偉人の人生訓、書籍などを読んで「座右の銘」にしていますが、このたびの学習からあらためて次ぎの人生訓・座右の言葉(私訳)を掲載しました。

●温故知新(故きを温ねて新しきを知る)

先人・賢人から「知」学び人間は成長する(先祖を崇拝することも師友・心友の言葉も同じではないかと思います)※直筆で掛け軸にしている言葉。

●随喜功徳

人の幸せを自分のことのように共に喜ぶことが、一番の功徳(修行になる素晴らしい行い)につながり、他人に対する思いやりを持つことが大切である。

※直筆で掛け軸にしている言葉
 
●徳は孤ならず、必ず隣有り(講演でも説明にもありました)

何物にも屈しない道徳的勇気を持つこと。その徳の欠けている人間には心友はできない。※直筆で掛け軸にしている言葉

●一期一会

家族・師友・心友の出会いは宝である。(正しい人の道を学ぶ師を持つことは幸せである)

※私は心豊な生き方と勇気をもらっている。

■心豊な生き方を求めての私の学習している課題(徳に輝いて生きる)

●三省「反省する心を持つ」(後悔しない生き方をする)

師友・心友と「感謝の心」、「思いやりの心」など若い人への道徳教育への課題を共有していまおり、自分の言動・行動を自問自答し振り返っている。

※小さい子どもさんの目(私は孫の目、ひ孫の目を見て反省する)

●正しい人の道を学ぶ師を持つ幸せ。(心豊な生き方と勇気をもらう)

●心豊な生き方(道に志し、徳に拠り)

●人間に生まれ心から喜べる幸福(生きてて良かった)を追求する。死んでも魂は生きている。それが本当の幸せではないか?)

●生まれ持った善的資質を更に磨き、後悔しない人生を送るのに必要だと思う。
 善因善果、悪因悪果、自因自果(善い種をまけば幸せな運命が現れる。悪い種をまけば不幸になる。自分のまいた種は自分が刈り取らなければならない。
 『今日の思いから』
 
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  S様が開館した論語会館の玄関
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人との信頼・絆(子どもの教育への思いから)

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        師友・心友へ感謝から
 
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              S様の詩心を思い
 
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      神苑牡丹園を散歩して(自然の美)

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師友・心友への感謝の句(庭のふじ棚を見て)
~師友・心友の一期一会による絆は私の宝である

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2018年4月 1日 (日)

潅仏会(花まつり)

私の菩提寺では4月1日 から4月8日までが花まつりで、今日は私と弟二人で菩提寺を訪れ、本堂前に設けられた、綺麗な花でかざられた花御堂内の潅仏桶に置かれお釈迦様の誕生仏に甘茶を灌いで誕生日をお祝しました。

私は毎年、花まつりには菩提寺を訪れていますが、今年は住職さん・奥様から仏教・先祖につて少し長くお話を伺うことが出来、また参拝に来られていた方とも「お寺参りと私たちの心」などの会話があり、例年の潅仏会とは何かが違いました。

お釈迦様がお生まれのとき左手で大地を指さして言われたという「天上天下唯我独尊」という言葉を思い出し、よく仏教書などの書かれている「この世に自分という存在は自分一人、悔いなく生きるべし」の意味の言葉に私は生かされている自分を感謝しながら自省自戒しました。

私と弟はその後、先祖・両親のお墓に行き、お釈迦様の誕生日のお祝に来たことを報告し、そしてまた菩提寺の潅仏会にあわせて客殿で開催されている書・画・焼物・手芸展を拝見し、出展されている住職さん・奥様の作品(書の言葉)また地域の皆さんが出展されている素晴らしい一つひとつの作品に何か心から心へ伝わってくるものを感じつつ客殿を後にしました。

そして私と弟は菩提寺恒例の手打ちそばを頂き、ボランティアの皆さんにも感謝しつつ帰宅しました。

(お釈迦様の誕生日は4月8日ですので、その時はまた弟と二人で菩提寺を訪れ、住職さんから生かされている自分に感謝するための心を磨くお話をお聞きしたいと思っています。)
『今日の一日』

菩提寺の潅仏会
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 本堂にお釈迦様の誕生日のお祝い祈願
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     本堂前の花御堂

潅仏桶に置かれお釈迦様の誕生仏に甘茶を灌いで誕生日をお祝しました。かざられたお花一つひとつに自分の姿を見つめ直しました。

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     境内の見事な桜
■客殿で開催されている書・画・焼物・手芸展等

●菩提寺

「住職さんの言葉」
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   真言宗の言葉 悟りの境地を求めていく
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自分の心と真に向き合い、雑念や邪念を持たず悟りを得る道を見つける

「奥様の書」
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         摩

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         懐

●地域の皆さんの作品
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      雨過十生香
 
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         群楽
 
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       不動明王

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         合掌
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       水車小屋
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        道の草
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       立春の頃

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    無事なる風景 房総の
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         焼物

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       手芸作品
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      銅版作品(戌)
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     「愛語」ありがとう

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