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2018年11月23日 (金)

父の祥月命日(亡くなってもその魂は生きている)

今日は父親の祥月命日です。
今年も弟夫婦と私たち夫婦4人で先祖の供養に菩提寺にお墓参りをしてきました。
毎年も同じように両親への思いにふれますが、父が亡くなってから今年で40年、母が亡くなってから45年になり、父・母ともに33回忌を過ぎ、もう仏から神になっているのではないかと思っています。

私はそうした思いから常に「両親が亡くなってもその魂は生きている」と思っており、今年で父は118歳、母は112歳になっているとの思から、今でも私たちに人間としての何かその心を伝えてくれています。

両親の行年(父79歳、母69歳)を私はもう何時しかその歳を過ぎ、人生の旅路を通り過ぎた老齢に達した87歳なりましたが、その父の言葉(自分の心に正直に生きる)、母の言葉(お天道様は見ている)から私も死んでも魂は生きていると死は人生の終わりでなく生涯の完成(魂は生きている)との思いを今日も心新たにして親の教えに強く感謝した父の祥月命日でした。

最後になりましたが、人間は「生かされている」そのため「何か役割がある」そして「そのためにその役割を果たさなければならない」と先祖と子孫のつながる祥月命日で両親に感謝する供養の日でもあるので、私は毎年これまでは菩提寺から帰ってからその思いを写仏か感謝の心を俳句に詠んでいますが、今年は両親の言葉から心の中心には先祖ありと次の四字熟語(善因善果)を筆書しました。

また仏教に輪廻転生という六道(天界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界)があり、私たちは境内にある六道菩薩様の脇にある碑に刻まれている真言を唱えながら六道菩薩様に水を掛けて、今の自分の幸せに感謝しました。

~人間“ありがとう”・“おかげさま”で生きることが幸せ~
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善い行いからは、善い果報が得られる。果報は善い行いから生まれる。※お詫び:書いた日付(年)が間違いてしまいました。
 
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     境内お六道菩薩様
 
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六道菩薩様の脇にある碑に刻まれている真言

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2018年11月15日 (木)

一期一会の心と心の出会いから人生を学ぶ(知見と心の健康)

私は自分の大好きな言葉「一期一会」についてこれまでもその大切さについてふれてきましたが、「一期一会」はその心と心で尽くす出会いが自分の人生を決めてしまうほど大切で人生のすべての始まりであると思っています。

私はこの「一期一会」による出会いが生きていることの幸せにつながっており、かけがえのない宝(財産)であり,今の私があると感謝し大切にしています。

こうした思いの中、今日は「ありがとう・おかげさまの心」など人間として支え合い人間の幸福を願う学習仲間で40数年来の師友・心友(K様、Y様)と約8年前(2011.3.11)の東日本大震災の数ヵ月後,東北を訪れ、その時から師友として多くの知識を学ばして頂いている、他人の幸福を願うためのボランティ活動」をなさっているI様ご夫妻を会津若松からお迎えして日本における儒学振興のための教育施設でもあった史跡湯島聖堂をご一緒に訪れました。

そして湯島聖堂ではI様ご夫妻のご尽力で史跡湯島聖堂・公益法人斯文会の理事長のさん石川忠久様(中国文学者、二松学舎大学名誉教授・顧問、桜美林大学名誉教授、日本中国学会顧問、全国漢文教育学会会長、六朝学術学会顧問、全日本漢詩連盟会長、漢字文化振興会会長など)にもお会いすることができ、その上応接室では理事長様からお茶をいただきながら素晴らしいお話を伺い、記念写真まで撮らせていただき心に大きな感銘を受けました。
こうした中、私は今日の一日はI様ご夫妻にもお会いできて、禅語にある「我逢人:
その人との出逢いこそが全ての始まり」という言葉を想い浮かべてこの記事を書きました。
また今日の一日はこれも論語にある
「朋あり、遠方より来たる。亦た楽しからずや」

で「一期一会」の出会に感謝でした。
※若い人にもっと自分の周りの友人との出会の大切さに気付いてほしいと思います。
追記
『今日の思い出』
■理事長室で掲げられていた孔子の77代子孫の孔徳懋女史から贈られた「厚徳明智」の書が目に入り、私の浅学な解釈ですが、厚徳とは徳の厚い、立派な人格者として先生に尊敬の念を抱いていてこの「書」を贈られたのではないかと私はその言葉が心に焼きつきました。(明智とは優れた智慧かな?)
※学問をする人間としての心構えとして博学篤志・切問近思という4字熟語もあります。
■論語
史跡湯島聖堂は東京の孔子廟でもあり、私の論語学習から次の論語の言葉を思い浮かべました。
●博く学びて篤く志し、切に問いて近く思う。仁其の中にあり。(子張篇)
私訳:何のためにと志を立て広く学び、なぜ?と問題意識と共に行動を起こすこと。そうした中で人間としての道を見出すことができる。(志の人生)
●直きを友とし、諒を友とし、多聞を友とするは益なり。(季氏篇)
私訳:正直な人、誠心を持った人、博学な人を友人にすることが有益である。
※私は師友で弁護士の(I様)から誘われ論語学習を始めて約10数年、先人の格言・名言について学習していますが学習すればするほど反省することばかりですが、常に私は出会った師友・心友から勇気づけられ自問自答しながら知見を広め、善的生活習慣に努めています。

心の健康
私は前にも何度も触れていますが、現世「利他の心」を忘れてしまったのか?と思うようなストレス社会だと思います。自分らしく生きるための心の健康を守るには、自分のストレスに「気づく」ことが大切で、私は師友・心友に支えられその「心の健康」を守ってもらっています。人間の脳には喜び感動する習慣があると思います。私は 
“ありがとう”の感謝する心でストレスから解放され、その一言で心の雲が消えます。

~今日は“ありがとう”ではじまり“ありがとう”の感謝の一日でした~
■今日の思い出の写真など

私はこれまで心のやすらぎと仏教・儒教の学習の場として霊場めぐり、藩校めぐりによく出かけて心に残る学習をしてきましたが、年々老いて同じ場所へ重ねて実際に訪れることが少くなり書籍だけで学習することが多くなりました。
そうした中でも遺跡湯島聖堂へは毎年訪れて心の中に何か思いを残してきますが、今日はご一緒の皆さんが歴史の知見が豊富な方ばかりなので湯島聖堂で撮った写真の中から我が家へ帰って学習したことを含めて、今日の思いを以下に掲載しました。

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       仰高門
湯島聖堂の入り口でもある仰高門。仰高の名は孔子の弟子が孔子先生の徳は高山のように仰げば仰ぐほど高いと語った論語の子罕篇にある言葉から付けた名前だと言われているようです。師友・心友と共に孔子の仁・徳を思っての記念写真。
 
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         大成殿
堂内には孔子像をはじめ顔子像・曾子像・子思像・孟子像などが祀ってあるようです
。(土、日曜、祝日しか公開していないので私はまだ見ていません)
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        孔子像
1975年に中国のライオンズ・クラブから寄贈された像で湯島聖堂の孔子像が世界一大きいようです。(高さ4.57m,重量約1.5トン)
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        入徳門

湯島聖堂には孔子廟に至るまでに、いくつかの学問を究めるためにはと関門があり、孔子の遺書あるという初学徳に入るための一つの関門です。私はこの入徳門で一旦立ち止り、いつもそのとき心に感じた論語の一節を素読していますが、今日は「徳は孤ならず隣ありでした。
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私が感銘した孔子77代子孫の孔徳懋女史から石川先生贈られた「厚徳明智」の書
●「相田みつをの詩」と師友に感謝の写真俳句
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  私の今日の思い「相田みつを詩」
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私が我が家へ帰って、月を見て皆さんへの感謝の俳句

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2018年11月 3日 (土)

私の八十六歳の誕生日(感謝と学習)

前にもふれましたが、私はこれまだでの人生を振りかえって、何を一番大切にしてきたか常に自分に問いかけてきましたが、今日で八十六歳になり改めて人生を振り返って、何を後悔しているか?また少しでもこれから後悔しない生き方をと考えました。
私はこうした思いの中、人間として誰もが抱く願望としての個人的な夢と社会的な夢を以て過ごしてきましたが60歳を過ぎた頃から歳を重ねるつれ、その社会的な夢を多く持つようになりました。
この夢もいろんな分野で人の役に立つことを人生の喜びとして活躍している多くの皆さんとの出会による学習と私の地域のボランティア活動の中から常に感じている「人生を振り返って後悔しないように生きたい」と自分が生きている意味を更に求めて生きたいと師友・心友に感謝と誕生日に孫から贈ってもった「誕生日プレゼント」に感謝の一日でした。
※社会的な夢を持つには法話の中に出てくる「おれが おれがの“が”を捨てて、おかげ おかげで生きる」ことが大切で、おれが おれがの自我心は人間としての心を曇らせてしまうと思います。

最後になりましたが、私は前述の思いに少しでも近づき人生の目的の先にある喜びを求めるためには歴史から学ばねばと仏語・禅語・論語・詩などから生きるヒントを示唆してくれる言葉を「座右の銘」として善的生活習慣を学ぶようにしていますが、今日はこうした私の座右の銘中から私が思っている今の世相に係わる課題として子ども教育・超高齢化社会などについて現世に思う私の今日の一日から追記として、以下に記事を書かせて頂きました。

追記
『今日の一日から1』
未来を担う子供教育(相田みつをの詩から)

子供の教育はと子供時代の友達との会話や前にも触れた両親の言葉などから育てたように育つのではないでしょうか?こんな想いでこの詩を掲載しました。(子供の心を育てる)
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「子どもは親の背中を見て育つ」が死語になってしまったような世相ですね。子どもは親の言葉(行動)を見て育ちます。私はこの詩をそんな想いで詠みました。(子どもを信ずることが一番大切なのではないでしょうか?)
■超高齢化社会の現況と課題
現世、AI(人口知能)などの言葉が社会を賑やかしているように思いますが、この言葉も40年以上前によく話題になりそして消え、その後20年前頃にもまた話題になり消え、現世またAIという言葉が世相を賑やかせていると思います。
私は30年近くになる地域活動の中で、この言葉も研究が進めば超高齢化社会の中で福祉活動の一部がコンピュータに置き換えられるのではないか思う人も多くなるのではないかと思います。
私はこうした超高齢化社会の中での高齢者の日常生活の中でのさまざまな地域社会の課題として人間の持っている思考・感情など含めた現状を課題としてレポートにまとめています。

■師友・心友に感謝

現世なんとなく生きているという人が非常に多いと思う中、私は茶道で云われている『一期一会』も人との出会いは偶然でなく、それは神様・仏様の力により頂いた縁だと思っており、私はその縁で出会った師友・心友を人生の宝(財産)のように大切にし、私はこの『一期一会』を座右の銘としています。

今日はこうした想いの中での遊行期の誕生日であり、私は自身の人生を振り返り、人生の目的(人間は何のために生きるのか?)と夢を語り合えるのが師友・心友でその夢を引き出してもらっており、その“愛語のありがとう”の感謝の 誕生日を迎えられることができました。

私はこれまで常に師友・心友は人生の宝だと書かせていただいていますが、年々老いてその感謝の想いが強くなり、毎年誕生日になると2ヶ月程で来る年への想いを筆書にしていますが、今年は次の言葉「高山流水:深い友情の交わり」を筆書しました。

※そうした心の想いの中前には「莫逆之友:言葉の不要な友」という言葉を筆書にしました。

また私は常に師友・心友を持つことの大切さにふれていますが、今日は八十六歳の誕生日「生きている」のではなく「生かされている」のだともう一度私の使命・役割を求めて、若い人に伝えるべきことを伝えないで後悔しないようにと私の論語学習の中から「座右の銘」としている次の言葉を掲載させていただきました。

●故きを温ねて新しきを知る、以って師と為るべし。(為政篇)

私訳:先人・賢人などからの伝えを大切にして、新しい知識を学べば人を教える師となることができる。(四字熟語の温故知新)

●朋、遠方より来る有り、亦楽しからずや。(学而篇)

私訳:友人と語り合うことで自分の知らないことを知ることは非常の楽しいことだ。(日々学問を身につけている志を同じくる朋友は自分の宝である)

●徳孤ならず、必ず鄰有り。(里仁篇)

私訳:徳を持っている人の周りには常に多くの人が集まり、感謝の人間関係が生まれる。

●君子は義に喩り、小人は利に喩る。

私訳:正義のため利得を捨てる。※すべてここに掲載した論語は人として正しい生き方を求める「利他の心」で他者のために最善を尽くすことを語っている。(人生を豊かにするためには自分の利得にとらわれない心の支えになってくれているのは師友・心友である)

『今日の一日から2』

●心友への感謝の筆書
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私を支えてくれている心友の深い友情に感謝の(四字熟語)
●孫からのプレゼント(私と妻の日常生活を見ていて)
 
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孫から妻へ(両手が離せて何でも入る肩掛けバックと財布)
 
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孫から私に(両手が離せて何でも入る肩掛けバックと晩酌時のロックグラス)
※私は外出の時にこのバックに本・小型カメラ・携帯電話など何でも入れています。
菊づくりを楽しむ私は菊のその美しさを楽しみに「心の疲れ」を癒し,菊づくりに12カ月を過ごしています。でも今年はお天気や気温の変化そして台風続きで私の望むような菊づくりはできませんでしたが何とか花つけてくれました。こんな菊に!

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~多くの出会いに感謝・ありがとう~

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