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2018年11月15日 (木)

一期一会の心と心の出会いから人生を学ぶ(知見と心の健康)

私は自分の大好きな言葉「一期一会」についてこれまでもその大切さについてふれてきましたが、「一期一会」はその心と心で尽くす出会いが自分の人生を決めてしまうほど大切で人生のすべての始まりであると思っています。

私はこの「一期一会」による出会いが生きていることの幸せにつながっており、かけがえのない宝(財産)であり,今の私があると感謝し大切にしています。

こうした思いの中、今日は「ありがとう・おかげさまの心」など人間として支え合い人間の幸福を願う学習仲間で40数年来の師友・心友(K様、Y様)と約8年前(2011.3.11)の東日本大震災の数ヵ月後,東北を訪れ、その時から師友として多くの知識を学ばして頂いている、他人の幸福を願うためのボランティ活動」をなさっているI様ご夫妻を会津若松からお迎えして日本における儒学振興のための教育施設でもあった史跡湯島聖堂をご一緒に訪れました。

そして湯島聖堂ではI様ご夫妻のご尽力で史跡湯島聖堂・公益法人斯文会の理事長のさん石川忠久様(中国文学者、二松学舎大学名誉教授・顧問、桜美林大学名誉教授、日本中国学会顧問、全国漢文教育学会会長、六朝学術学会顧問、全日本漢詩連盟会長、漢字文化振興会会長など)にもお会いすることができ、その上応接室では理事長様からお茶をいただきながら素晴らしいお話を伺い、記念写真まで撮らせていただき心に大きな感銘を受けました。
こうした中、私は今日の一日はI様ご夫妻にもお会いできて、禅語にある「我逢人:
その人との出逢いこそが全ての始まり」という言葉を想い浮かべてこの記事を書きました。
また今日の一日はこれも論語にある
「朋あり、遠方より来たる。亦た楽しからずや」

で「一期一会」の出会に感謝でした。
※若い人にもっと自分の周りの友人との出会の大切さに気付いてほしいと思います。
追記
『今日の思い出』
■理事長室で掲げられていた孔子の77代子孫の孔徳懋女史から贈られた「厚徳明智」の書が目に入り、私の浅学な解釈ですが、厚徳とは徳の厚い、立派な人格者として先生に尊敬の念を抱いていてこの「書」を贈られたのではないかと私はその言葉が心に焼きつきました。(明智とは優れた智慧かな?)
※学問をする人間としての心構えとして博学篤志・切問近思という4字熟語もあります。
■論語
史跡湯島聖堂は東京の孔子廟でもあり、私の論語学習から次の論語の言葉を思い浮かべました。
●博く学びて篤く志し、切に問いて近く思う。仁其の中にあり。(子張篇)
私訳:何のためにと志を立て広く学び、なぜ?と問題意識と共に行動を起こすこと。そうした中で人間としての道を見出すことができる。(志の人生)
●直きを友とし、諒を友とし、多聞を友とするは益なり。(季氏篇)
私訳:正直な人、誠心を持った人、博学な人を友人にすることが有益である。
※私は師友で弁護士の(I様)から誘われ論語学習を始めて約10数年、先人の格言・名言について学習していますが学習すればするほど反省することばかりですが、常に私は出会った師友・心友から勇気づけられ自問自答しながら知見を広め、善的生活習慣に努めています。

心の健康
私は前にも何度も触れていますが、現世「利他の心」を忘れてしまったのか?と思うようなストレス社会だと思います。自分らしく生きるための心の健康を守るには、自分のストレスに「気づく」ことが大切で、私は師友・心友に支えられその「心の健康」を守ってもらっています。人間の脳には喜び感動する習慣があると思います。私は 
“ありがとう”の感謝する心でストレスから解放され、その一言で心の雲が消えます。

~今日は“ありがとう”ではじまり“ありがとう”の感謝の一日でした~
■今日の思い出の写真など

私はこれまで心のやすらぎと仏教・儒教の学習の場として霊場めぐり、藩校めぐりによく出かけて心に残る学習をしてきましたが、年々老いて同じ場所へ重ねて実際に訪れることが少くなり書籍だけで学習することが多くなりました。
そうした中でも遺跡湯島聖堂へは毎年訪れて心の中に何か思いを残してきますが、今日はご一緒の皆さんが歴史の知見が豊富な方ばかりなので湯島聖堂で撮った写真の中から我が家へ帰って学習したことを含めて、今日の思いを以下に掲載しました。

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       仰高門
湯島聖堂の入り口でもある仰高門。仰高の名は孔子の弟子が孔子先生の徳は高山のように仰げば仰ぐほど高いと語った論語の子罕篇にある言葉から付けた名前だと言われているようです。師友・心友と共に孔子の仁・徳を思っての記念写真。
 
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         大成殿
堂内には孔子像をはじめ顔子像・曾子像・子思像・孟子像などが祀ってあるようです
。(土、日曜、祝日しか公開していないので私はまだ見ていません)
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        孔子像
1975年に中国のライオンズ・クラブから寄贈された像で湯島聖堂の孔子像が世界一大きいようです。(高さ4.57m,重量約1.5トン)
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        入徳門

湯島聖堂には孔子廟に至るまでに、いくつかの学問を究めるためにはと関門があり、孔子の遺書あるという初学徳に入るための一つの関門です。私はこの入徳門で一旦立ち止り、いつもそのとき心に感じた論語の一節を素読していますが、今日は「徳は孤ならず隣ありでした。
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私が感銘した孔子77代子孫の孔徳懋女史から石川先生贈られた「厚徳明智」の書
●「相田みつをの詩」と師友に感謝の写真俳句
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  私の今日の思い「相田みつを詩」
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私が我が家へ帰って、月を見て皆さんへの感謝の俳句

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コメント

須藤明様
 ブログ拝見しました。
一期一会は人生の分れ道ですね。
良き人生には、良き出会いがあり、一期一会は人生の運不運のキーワードです。
私はその前に学んだのが、笠信太郎さんの「邂逅の喜び」でした。
教科書で習ったのを覚えていますが、「一期一会」はその後でした。
利休さんの茶道での言葉と理解していますが、人生の真理を突いた言葉ですね。
奥深くて、今でも好きな言葉の一つです。
一期一会は、終生、大事にしていきたいものです。神様からの出会いのプレゼントでしょう。
互いに大切にしてまいりましょう。ありがとうございました。
           感謝しつつ   広瀬亮

投稿: | 2019年1月19日 (土) 13時28分

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