2017年11月30日 (木)

心の疲労回復(俳句は心に元気を与えてくる)

現世のストレス社会の中で「心の疲れ」を知らず、知らずに心が感じている人が多いのではないでしょうか?

私も知らず、知らずに「心の疲れ」?が溜まって、そのストレスが一因ではないかと病院で言われ狭心症手帳をもらっています。

※ なぜ日本こんなストレス社会になってしまったのか?と思うことがあります。「心の疲れ」は溜め過ぎないことですね!

私はこうした思いの中でも先人・賢人(名言・格言)などから「人生とは」学び心に勇気と元気を貰っていますが、このたび『PHP』誌(心の疲労回復読本、特別保存版)を購入し、掲載されていた俳人:夏井いつきさんの「感情も俳句に変える」の記事の中で「俳句って、悲しい経験やつらいことがあっても、それを言葉にして外に出すことで、大変さや心の痛みも昇華できる」とう言う言葉に私は感銘し、「自然がもたらす恩恵」に人生を学び、心の元気を与えてもらいたいと次の季節の俳句を作りました。

『私のつぶやきの句』

俳句は嘘をつかない自分の心の感動・動きをつぶやくだけで「何かを発見」します。
●私の写真俳句

課題:「ありがとう」
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  日本の詩歌としての心の風景

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2017年11月23日 (木)

父の祥月命日(一身二生に自問自答)

今日は父親の祥月命日で先祖への感謝と家族の日頃の報告をしに菩提寺にお墓参りを弟夫婦と妻と4人でしてきました。(今年は翌日ひ孫をつれて娘夫婦が孫と一緒にお墓参りをしてくれました。ありがとう!)

前にも何度もふれましたが、私はお墓参の度に墓前で遊行期に入ってからは人生の締めくくる年ではと、今まで得た知識や多くの人への恩を少しずつ世間に返さなければと人生をただ漫然と過ごすだけでなく、人生をどう生きれば後悔することが少なくなるのでは?と今年は遊行期の年齢が85歳になり人生の締めくくる年も近く、年々自問自答することが多くなり、両親とお墓で向き合っている時間も長くなりました。

今日はこうした思いの中、現世から見えてくる課題「老後と人生」について、私の昭和・平成・××から福沢諭吉の言葉「一身二生:もう一度生き直す生き方」と

両親の明治・大正・昭和の時代と重ねで考えて、2018年は元気で新しい年を迎えようとの思いの父の祥月命日でした。
最後になりましたが、両親への感謝「ありがとう」との心を未来へつなぐ子どもの教育と高齢者の生きがいを次世代に引き継がなければとの思いで、父親の明治33年117歳(行年79歳)と母の明治39年111歳(行年68歳)の両親の生れ年(十二支)のお守り本尊を両親に感謝して写仏しました。
『両親の十二支のお守り本尊』
●父親(“ね”):千手観音菩薩様(千本の手を持つ)
現在・未来ともに人々のあらゆる願いをかなえてくれる観音菩薩様です。
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※千手観音様は十一面観音様が発展したお姿で、千の手のひらには ”目”が刻まれれています。
母親(“うま):勢至菩薩
慈悲の心をもって、私たちに救いの手を差し伸べてくれている菩薩様です。
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※勢至菩薩様その強大な力は阿弥陀如来の光明を輝かせ、人々を救う絶大なるパワーを発揮していると云われています。

 



 

 

 

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2017年11月18日 (土)

旧制中学の同窓からのコメント

今年10月に開かれた同窓会で同窓と歓談した感想をブログに書きましたが、同窓(M様)からコメントをいただき、そのコメントの中に紹介したい言葉として次の詩が書かれていました。

「急がず休まずに、これぞ汝の胸飾り心の底の奥に止め、浪風荒く吹きまくも花咲く小径辿るとも、世を去るまでの旗じるし」

この詩はM様が恩師から頂いた言葉で「座右の銘」のようにして、次の世代に順送りしたいと思う大切な言葉ようです。

この言葉は教育者の間では語られているゲーテの言葉のようで、「急がば回れ」「いそがずによく学習するように」の二つのことを恩師が語っておられるのではと私は両親がよく話していた「急がば回れ」の言葉を思い浮かべました。

現世は親がただ「勉強しろ、勉強しろ」だけで、時間がかかっても本道を行くほうが、結局は早く目的地に着くという「急がば回れ」のことを忘れているのではないでしょうか?(子どもには大事なことも教えてください。教育ママだけでなく、お願いします)

私はこれも前にブログに書かせてもらいました「なぜ」こんなに毎年自殺者が多いのか?・「なぜ」こんなに児童虐待がおこるのか?・親が子どもを子どもが親を「なぜ」殺めるのか?などとも教育の原点は共通しているのではないかとM様の今日のコメントに感謝し、私も次の世代に順送りしたいと思う大切な言葉として書かせて頂きました。また色々とご指導ください。M様、素晴らしいコメントありがとうございます。

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2017年11月 3日 (金)

私の誕生日(感謝:心が人生を支配する)

毎年、私の誕生日と妻の誕生日には家族で誕生祝の食事会を開いてくれて、またプレゼントなどを貰ったりして、感動と感謝の一日を過ごし、そして私は家族みんなが共にまた素敵な一年を過ごせるようにと祈っています。

今日は85歳の誕生日、今年も祝の食事会とプレゼントを貰い、私はこのようなありがたさを心に刻み(ひ孫も生まれ、二人目の孫も結婚し幸せな日々)また両親にここまで育ててもらったことへの感謝と親・家族への恩に報いるために私は何ができるか?そして人間として、そこに生きる意義を考えました。(この幸せを地域社会のためにも資するため意義も見つけたいとも思います)

追記
私は「論語」を約10年近く学習しています。その論語の中で最大の徳は「人を思いやること」です。このことを自分の心の中に「生きる指針」して、あらためて誓いました。
「今日の想い」
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       私の今日の思い句
 
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     誕生日祝いで買い求めた「筆」
「私を元気にしてくれる菊」
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        一年丹精込めて作った「菊花」

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2017年10月31日 (火)

人間の生きる価値を見つけてくれる師友との絆(学習:ポリシー持って生きる)

師友・心友のH様のブログを読ませていただいての私の思い。人との絆をますます強くするのは自分の心を耕すことができますね!)

今日はこんな思いの中でこの記事を書きました。

自分の正直な思いを伝えてくれる師友・心友のH様のブログ読ませていただいていて、その中に書かれている毎日の記事(前にも触れさせていただきましたが突然の脳梗塞で緊急入院され、2017年4月の退院後から毎日書かれたブログ記事「人間らしく」の10月31日までの)を拝見して、H様のその日々の一つひとつの言葉・行動とその信念と哲学に感銘して書かせていただきました。

H様は生きていく上で、自分はこんな人間でありたい・こういう生き方をしたいというポリシーをお持になっている方でそのブログ「人間らしく」の記事(私のブログのマイリストにリンクさせていただいています)言葉・行動から「魂」がこもっていることが伺えます。

常に自分を客観的に見つめ、「理想の自分であるためには、今どうすべきなのか」を考える習慣があり、自身の青春談義、病気の回復状況(健康管理)から現世の社会問題までが書かれています。

その一部ですが以下に現世のストレス社会の中で自分はこんな人間でありたい・こういう生き方をしたいという記事の中に書かれているH様の思いから現世の課題と思うことを列記してみました。

(機会があり、見て頂けたらありがたいと思います)

●教育問題

想像力のある子育てよう!

・三つ児の魂百までも!

●師友・心友

・朋あり、遠方より来る(論語)!

●平和について

政治も最後は人間性だ!

政策論争!

・出たい人より、送りだいたい人!

・平和でありますようにとの願い

●人間らしく

・勇気は、人生のエネルギー!

・杞憂たらんことを(知から知識に知恵から智慧に)

・感動する心

・口先だけの綺麗な言葉はダメ!

・ひとこといい短い自分の言葉!

今どうすべきなのかを考える習慣!

●社会

・今は弱食強食の世界!
自分のポリシー通りの生き方を貫くための自分を律する精神力!

生きる価値を見つけてくれる師友との絆・H様ありかとうございます~

後最後になりましたが、私は生きるということは学ぶことからはじまるの思いから読書は心をリフレッシュしエネルギー貯めることができると儒教仏教道教などの古典、そして. 先人・賢人の古き良き書を熟読するようにしています。その想いからH様のブログ記事から次の言葉を追記として書かせていただきました。

追記

●クリスチャンのH様な心の優しさから

「どんな時でも人は笑顔になれる」著者:渡辺和子(ノートルダム清心学園理事長を務め2016年旭日中綬章を受章されましたが同年12月の逝去)の著書の中の一言に“花というものを生活の中に取り入れ、花が咲くということは、自分が笑顔で幸せに生き、周りの人々も幸せにする”

●私の論語学習から

「士は危うきを見ては命を致し、得るを見ては義を思い、祭には敬を思い、喪には哀を思う。それ可なるのみ」(子張篇

訳:士たる者は、人の危難を見たら、これを救うためにその身を投げ出し、利を得ることがあれば、それが正義に合うかどうかを考えて決め、祭りには敬をもって誠を尽し、喪には哀しみをもって痛みをともにする。※著者:渋沢栄一「論語の読み方」から

※私の師友・心友は皆さんこのような立派な方ばかりですが、為政者には少ないのが残念ですね!
●私の「絆」への感謝
私は毎年、年初めに菩提寺の住職さんから法話の後、直筆の「書初め」をいただいていますが、2010年の「書」が「絆」で、家族、友人との
「絆」にに支えられていることに感謝しています。
~人とのつながりが思い出となって絆となる~

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2017年10月19日 (木)

師友の米寿祝い(感謝・感謝の一日)

今日は師友(N様88歳)米寿祝いを師友(S様)と三人で食事しながらお祝の宴を開きました。

私は何時も「一期一会」の出会いで多くの素晴らしい心友に巡り会えて幸せだなあ~と感謝、感謝で日々を送っていますが、今日もその感謝一言の師友と一緒に食事しながらN様の米寿祝をすることができたことの幸せを強く感じ、私は「ありがとう」の感謝の一日でした。

私はN様から「私の軌跡(平成24年11月出版)」またこのたび「千年の家系を継ぐ(平成29年7月出版」とN様の人生・家系のルーツを尋ねての二冊の書籍を出版され、いただいた、その書籍の中で家族の素晴らしさ日本・世界の医療にと多くの国際学会にも精力的に参加されている、また看護職として活動しているお二人のお嬢様と難民・移民を援助うる非営利団体でご活躍のお孫さん)とそのお子様を育てられた奥様をはじめみなさんの心の優しさを天性としてお持ちのご家族に囲まれてのN様の米寿祝を思い浮かべ感銘しながらN様が常に話されている私が今あるのは「家族・先輩同僚の方々へ感謝、感謝、感謝、唯、感謝のみの」言葉を思い出しました。

前にもふれましたが、儒教の教えの中に『五徳』という素晴らしい言葉がありますが、N様のご家族はこの五っの徳をお持ちです。(現世この徳を持っている人が非常に少ないと思いませんか?これが私は悲しいい)
仁徳:他人に対する思いやり。
義徳:利欲にとらわれず、人を助ける心・正義を貫く心。
礼徳:礼節を重んじる心。
智徳:学識と徳行をそなえる。

信徳:人をあざむかない。嘘を言わない。誰からも信頼される人。
最後になりましたが、長寿祝いの還暦や古希の祝いなどは中国から伝わってきたと言われていあすが、喜寿以降は日本文化の中から生まれた長寿祝いで、特に「米寿」は日本の「お米文化」の中から生まれた家族にとっての幸せのお祝いのようです。
私もS様も共に85歳です。
S様は一昨年国家や公共事業に功績があったと叙勲を授けられた素晴らしい方です。私は反省ばかりでしたが、N様とS様の人を愛する心の豊かさを求めての俳句・詠い・詩吟を思い出し、今日の想いを書き加えました。
私はN様が常に語っている
感謝、感謝、感謝、唯、感謝のみの」の日です。N様、S様ありがとうございました。感謝申し上げます。
今日の想いから
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 私の尊敬している師友(三人会)
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 相田みつをの詩の中から今の私
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私も種を蒔かなければ(反省から筆を取る)
作者未詳(書家:木村耕一の書から)

●師友と食事した店主は仏師?(N様の心友)

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作品1:今日の私を迎えてくれました。
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作品2:1本の木から何カ月もかかっての作品(店主の心が伝わる)
※先に
東京国立博物館に運慶の仏像特別展を拝見しに行ってきましたが、私は仏像の仏様がまるで生きているようで、仏像に手を合わせるだけで幸せを感じたことを思い出しました。また今日は店主から運慶派の大仏師松本明慶の仏像彫刻展の招待券を頂きました。
●泣いて暮らすも一生、同じ一生なら笑って暮らそうと
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七福神:恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財門天、福禄寿、寿老人、袋像(至福)の中からの写仏

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2017年10月 7日 (土)

同窓会と私(心の健康と学習)

旧制中学を卒業してから70数年間続いて開かれている同窓会ですが皆さん超高齢(85歳)になって今年は開けるかな?と心配していましたがM君・T君・O君が幹事を引き受けてくれて開催することができました。私は皆さんにお会いするだけで幸せです。ありがとうございます。

私は同窓会で、皆さんにお会いすると何時も70数年前の中学生時代と変わらぬ君と僕、おい・お前・俺で家族・自身の健康管理また地域とのかかわりなど近況を語りあっています。

また懇談の中では前に触れさえてもらいましたが皆さん戦争を経験し、人間としての尊厳までも試練に耐えてきた経験から、老後こそが本当の自分の人生がはじまるのではとの思で、次の世代へ何かをと伝えなければならないとの話など私は何時も皆さんから元気・勇気そして多くのことを学習させていただいています。

今日も昨年の同窓会の懇談の中で課題となった未来を託す若い人に「喜びの心を持つて日々を暮らすために伝えたい事」などについて、皆さんが取り組んでいる素晴らしいお話を聞くことでき、今の私にもできることは何か?を以心伝心で熱く語り合いの中で学習させていただきました。

※高齢者とのコミュニティ活動、高校の先生を退職後に後輩の先生との教育についての学習、プロの写真家として地域の活性化、水彩画を通じての高齢者の生きがいなどーーー

最後になりましたが、こうした同窓の皆さんからの課題・活動と私が師友と共に学習しながらこれだけはと沢山ある宿題の中から取り組んでいる事を以下に書かせていただきました。 

■「喜びの心を持つて日々を暮らすため伝えたい事」

●私が常に話している言葉ですが親・兄弟を大切する人間は企業から安心して仕事を任せてもらえる。

●自分の人生の指針として、戒め・励ましとなる「座右の銘」を持つこと。

※私が座右の銘とている中から「温故知新」「隋喜功徳」「利他の心」

●優れた人を称賛することができる心(妬む心を称賛に変える)

※人を称賛する心がないと人から学ぶチャンスを失うことになる)

●自分の意見や価値観をはっきり持つこと。

私の論語学習から(君子は和して同ぜず 小人は同じて和せず)

※和して同ぜず:自分の意見や価値観をもつ。同じて和せず:心から理解できる人に尊重されない(人の意見に同調するだけ)

■「同窓の想いと私が師友と共に学習しながら取り組んでいる課題」

(今死語になってしまっている言葉が多い)

●なぜこのような社会になってしまったか?

●本や教科書で教わらない子ども同士のルールがなくなっている。

●先生の説得も子どもにほとんど届いていないように思う。

●日本の美徳と思っている節約が善で浪費が悪と思って日本の倫理がまったく変わってしまった。節約が悪で浪費が善になってしまったようである。(なんでも買え、買えである)

●地域に雷おやじがいなくなった(地域の子ども教育係)(もう死語になっていないか?)

●三つ子の魂百までも(もう死語になっていないか?)

●親の背中を見て子どもは育つ(もう死語になっていないか?)

●向こう三軒隣(人と人のつながりが薄くなったように思う。もう死語になっていないか?)
〖私の想いの一枚の写真〗
人生を語る同窓の皆さん
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    皆さんの素敵な笑顔 
●同窓の
プロの写真家が地域の活性化のためカレンダーに載せた群青に染むシュガーロード、有明海干満の鼓動、長崎街道等から私が訪ねたことのある思い出の地(すべて白黒写真)
※同窓の元気なF君に感銘しました。
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     佐賀県唐津市の高島望遠
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      佐賀県唐津市の小城公園
 
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   鹿児島県南さつま市の坊津の海
 
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佐賀県佐賀市の戸ヶ里漁港
●私の心を磨く禅寺の掲示板
私は東京で師友・心友とお会いする時にはこの
禅寺で椅子座禅をし、この掲示板の法語を詠み反省してから皆さんにお会いしています。
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私訳:仏様の知恵で迷いの暗闇を照らして道をもらう!
~老後こそが本当の自分の人生がはじまる~

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2017年9月28日 (木)

人の心に灯をともす(薫習)

今日は上野東京国立博物館の仏師・運慶の特別仏像展、上野の森美術館での金沢翔子さんの書展の二つの展覧会に師友・心友(K様・Y様)と一緒に行きました。
 
私はここで運慶と金沢翔子さんのお二人の作品から「人の心に灯をともす」仏語に言う「熏習」(香が衣服に移っていつまでも残るようなその感動が心に残る)とはこのような心の状態を言うのかとの思いに強く感銘しました。(薫習とは自分の心を見つめ直す一時にもなりますね!)
 
この展示会に来られていた多くの皆さんも私と同じ思いで、それを感じておられたのではないでしょうか?
 
■東京国立博物館
 
平成館 特別展示室に運慶の仏像の多くが大集合して展示されて、私は仏像に仏様がまるで生きているようで、仏像に手を合わせるだけで幸せを感じ、心の中から感謝の念が湧き出てきました。

私は寺院で仏像を拝見する時は仏像のお顔をじっくり観るようにしていますが、今日は特別「目の優しさ」、「耳の大きさ」、「口元」などを拝見して、私たちにやすらぎを与えてくれました。
 
その仏像は館内での写真撮影禁止でしたので私は博物館で運慶写仏の教本を買い求め、我が家に帰って、その中から運慶が20歳代で初作ともいわれている大日如来座像の写仏をして心をまた癒しました。(人間は誰でも心の中に邪念があるのですね!私は写経・写仏で心を癒しています)
 
■上野の森美術館(ダウン症書家、金沢翔子さんの書展)
 
金沢翔子さんは1895年生まれ。5歳から書家母泰子さんに師事し書道を始め、20歳で初の個展を開いて以来、今まで280ヵ所以上で個展を開催しており、中には日本を代表する神社仏閣などへの奉納揮毫した門外不出の秘蔵作品も多数あるそうです。
 
今日はそうした書家、金沢翔子さんの書展を師友とこれまで4万人とも云われる多くの参観者と共に拝見し、あらためて「書は人なり」と昔から言い伝えられている言葉があるように書家金沢翔子さんの持つ人生の心が伝わってきました。(金沢翔子さんはお母さんと共にいつも「世のため、人のために」と人の喜びを我が喜びとしている愛・慈悲の心をお持ちなんですね)
 私は時折「書」を書きますが文字は人に意志を伝えるだけでなく、文字を書きながら自分の心の思考を深め、新たな自分の視点(心の静寂)を発見することができ、自分自身の生き方を教えてもらっています。
 最後になりましたが、書の文字が金沢翔子さんの心を語っていて、見ただけで想いが伝わり、私は人間は感動して暮らす心の大切さなど多くの”気づき”や人生のヒントを与えていただき、あらためて反省を含めて心の中で見つめ直すための作品をカメラに収めさせていただきました。
 〖今日の一日の想い〗
●東京国立博物館
師友・心友と共に心が癒されました。K様・Y様ありがとうございます。
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    師友・心友と感謝の国立博物館前
 
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癒された心で、我が家での大日如来座像の写仏
●上野の森美術館
両親が自分を戒める言葉として「良心に恥じない生き方をしなさい」がよく語っていたことを想い出しながら書展を参観し、今日一番心に強く感じた言葉を掲載しました
(現世、この言葉は死語になっているのではと思いませんか?)
森美術館前の「翔」の書
 
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私はこの「翔」の書を拝見して両親の願い(希望を持って毎日を過ごす)の名前「翔子」の一字かなと思いました。
☆お母様、
翔子さんの仏性を想われる,10歳から20年以上書き続けた「般若心経」作品

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 10歳ぐらいの時に書いた「涙の般若心経」
 
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 20歳ぐらいの時に書いた「希望の般若心経」
 
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30歳を超えて多くの人に伝えたいと書いた「感謝の般若心経
※私は坂東三十三ヶ寺札霊場巡りで般若心経を各お寺で唱えるだけで何か「徳」が得られたような心になりました。
☆私の感銘した作品
 
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天皇陛下の「心の優しさ」、「心の温かさ」を感じる短歌を金沢翔子さんが揮毫した歌碑の書(味の素スタジアムにあるそうです。私も一度見学に行きたいと思いました)
☆私の心の中の(ホコリ)を掃除してくれた作品

つねに世のため人のためと考えて行動している金沢翔子さんの書の今日拝見した一部です。
 
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マザー・テレサの「隣人を愛してください」との言葉を思い出しました(クリスチャンの師友・心友(H様)がよく私に語っていた言葉から)、そして私はまた徳の政治を願いました。
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お母様・翔子さんの「仁・義・礼・智・信」を強く感じました。
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私は座禅して心の健康が保たれている時や内に秘めたる宝がある時は無」だと思いました。
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多くの人の幸せを願って「そのために自分が何ができるか」を心に念じて書かれたのかな?
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私は2015年元旦に菩提寺の住職さんから直筆の書「気をいただく」を頂きました。今日はその時の住職さんの法話「気:心は真っすぐ」を思い出しました。
 
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感謝して暮らすことが「生きる」ことだと書家の心が伝わりました。
 
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書家の「座右の銘」の一つではないかと思いました。
 
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よく知られた仏教歌謡だそうですが、意味がわかりません。後で学習します。書家金沢翔子さんは素晴らしい。
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NHK大河ドラマ「平清盛」の題字だそうです。
「熏習」のように香が残った一日でした。お二人に感謝~

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2017年9月26日 (火)

2017年秋彼岸(「彼」の岸から自分を見る)

私たち家族は毎年、春・秋のお彼岸には必ず菩提寺に行き先祖供養をしており、今年も「彼岸の入り」は弟夫婦と私と妻、「中日」は娘夫婦と孫・ひ孫がそして「彼岸明け」は弟と二人で彼岸総供養会に参列し先祖供養をし、住職さんの法話の後、祖供養御霊を書いた彼岸塔婆を持って再度のお墓参りをしました。
私はこうした思いの中、近年、年齢を重ねるごとにお墓の前で手を合わせる行為一つについても心の中で、大げさかもしれませんが自分の人生について改めて考えたりするようになりました。
心の中で考えるようになったこととは、前にも触れたことがありますが、お彼岸はお墓参りだけでなく、この世に生かされたまま、仏様の境涯に到るための6つの修行、六波羅蜜(布施、自戒、忍耐、精進、禅定、智慧)と人間が生存中の行為の善悪の結果としての六道綸廻(地獄,餓鬼,畜生,修羅,人間,天上)を意識するようになったことです。
これも私が年老いて、今日の世相への思いかからかもしれません。
お彼岸は、ご先祖様に感謝しつつ修行も行い、極楽浄土に思いも馳せるという、とても大切な期間で日本の素敵な行事ですので、自分の人生についてもう1度考えてみる、いいチャンスなのかもしれませんね!
私は感謝と報恩の心を持ちで「お彼岸」は彼の岸から自分を見ることが大切で、なかなか難しいかもしれませんが、お彼岸の期間だけでも悟りの世界に到る六波羅蜜という6つの徳目を意識してこれからも実践していこうと、この意味や由来を噛み締めながら、子供たちにも受け継いでいかなければと思います。
最後になりましたが菩提寺境内にある六道地蔵菩薩尊観音様にお水をかけ、碑に書かれている御詠歌を弟と二人で唱えてからわが家に帰ってきました。
■今年の特別な想いのお彼岸の一枚
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        山 門
1756年(261年前:宝暦6年)に久留藩主黒田家の祈願寺として建築された菩提寺です。
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        本 堂
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  先祖供養御霊を書いた彼岸塔婆
●本堂改修前の鬼瓦

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        左の鬼瓦
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        右の鬼瓦
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      住職さんの説明碑
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  境内にある六道綸廻の六道地蔵菩薩
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       先祖に感謝
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 神話の多い庭池のホテイアオイ
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  今日の想いの写仏(地蔵菩薩)
左手に願いを叶える如意宝珠、右手に音を鳴らす錫杖(煩悩をとり除き、智慧を授かる)

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2017年9月 8日 (金)

「正師を得ざれば学ざるに如かず」(師友は宝・誇り)

私は一期一会の縁で多くの師友・心友に学び支えられて、人生の日々を送らせていただいており、多くの師友・心友は私の宝であり、誇りだと思っています。

私はこうした感謝・感謝の思いの中、多くの賢人がこの言葉から学んだといわれている道元禅師の「正師を得ざれば学ばざるに如かず:素晴らしい師のもとで学んで欲しい」という教えにあるように人間は志があれば尊敬すべき師に必ず出会うとことができ、人生を豊かにしてくれる師の大切さを実感できるのではないかと思っています。

※この言葉は道元禅師の「正法眼蔵」を学習している師友・心友がつねに語っています)

私はこうした思いの中で10年前に地域活動でお一人の弁護士先生(I様)に出会い、人間として「心の正しい磨き方」など多く学習させていただいており、今日はその師友の弁護士先生・スタッフ(S様)との学習でまた反省と勇気をいただき、その想いを記事に書かせていただきました。

正しい良き指導者を得る事の大切を件名にしました。

■『今日の学習』から
人は尊敬の念を師友に持つことで正しい心の磨き方を学ぶことができ、人生を豊かにしてくれます。
●喜怒哀楽の心(喜び・怒り・悲しみ)を大切にすることができるのが人間力である。
※人間はどれだけ
感動することができるか?そして怒りさえ「力」に変えてくれるのが喜怒哀楽の精神である。
「なぜ」により課題の真の原点を見つけることができる。
「なぜ」こんなに毎年自殺者が多いのか?
「なぜ」こんなに児童虐待がおこるのか?
・親が子どもを子どもが親を「なぜ」殺めるのか?
など「なぜ」、「どうして」と私は日々心に悲しみを感じています。これが現世の日本社会が抱えている課題であるが「なぜ」からその真の原点を見つけようとしていない。原点は共通しているのではないかと思う。

●自分の宝となる財産(師友・誇り)はすべて「利他・仁義」からはじまる。
●ダメなものはダメで「嫌われる勇気」を持つことの大切さを知る。
※八方美人(調子のいい人間)は徳の敵
最後になりましたが、弁護士先生との論語学習の中から私の想いを筆(書)にしました。

■私の想いの筆(書)
師友を求めることの大切さ
 
1
●君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む(衛霊公篇)
 素晴らしい人は責任は自分に求める。小人はすべて他人に押し付ける。(責任を逃れをしても得るものはない)
 
2
●知者は惑わず仁者は憂えず、勇者は懼れず(子罕篇)
知・仁・勇を備えてこそ人格者である
師友を求めるための自身の志
私は次の「人能弘道」・「三省」がなければ師を求めることはできないと思います。

 3

人能く道を弘む。道人を弘むるにあらざるなり。(衛霊公篇)
人間は努力することで道徳が広まり、人の道が描ける。
※1.人間は徳がなければ「人生の幸せがない」と私は思っています。
※2.私の論語の学習で訪れてた藩校巡りの中で水戸藩の藩校もここから「弘道館」の名が付けられたそうです

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●吾日に吾が身を三省す(学而篇)

 志・初心を忘れていないか、自問自答し、一日に何度も反省せよ。
※1.省の精神に気づき人生を振り返ろう。
※2.私は毎日の行動が利他の心に照らし、反省することにしています。
師友・心友は自身の宝、誇りです

 

 

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